東北の渓のザッコ釣り 7

 
岩手のヤマメは幅広ヤマメ
   

 違う世界のはずだった
 もう10年以上も前になる。イワナ釣りに行った山形県小国町の民宿で、やはり釣りに来ていた東京の人たちと一緒になった。
 夕食を食べながらの話の中で、彼らが来月に岩手の遠野にヤマメ釣りに行くと言う。「ヤマメは釣らないのかい?」と聞かれたぼくが、「ヤマメは秋川で釣っているから」と答えると、彼らは、「いやあ、東北のヤマメは幅が違うんだよ、幅広なんだ」と目を細める。「はあ、そうなんですか」と、ぼくは違う世界のことのように聞いていた。

 東北のヤマメ釣りに対して、ぼくは川の中流域での、関東で言えばアユ釣りやハヤ釣りのイメージを持っていた。たしかに、雑誌などで紹介されるのはそのような場所だ。長い竿と繊細な仕掛けで、アタリに瞬時に反応しなければ釣果をあげることができない……。そんなイメージが定着していた。
 しかしぼくは今、岩手でのイワナ釣りの合間に、幅広ヤマメの引きを楽しんでいる。このページでは、ぼく流の岩手のヤマメ釣りを紹介しよう。
 
               岩手県のシンボル、岩手山。ヤマメ釣りに通う道から。
 ぜいたくな要求
 ぼくが岩手で初めてヤマメを釣ったのは、10年近く前のこと。夏休み、区界旅館に何日も滞在しているときに、ヤマメの釣れる、しかもぼくの釣り方の範囲内の(小さい)川を探してみたのだ。
 「岩手の釣り」という渓流釣りの本にあるヤマメの生息域の川を、2万5千分の一地形図で見て、川幅や流れ具合、周りの景色を予想して候補地をいくつか決めた。そして、旅館を朝早く出て、いつもは東へ下る国道を、盛岡に向けて下ったのだ。
 せっかくヤマメを釣るのだから、山の中ではなく、「里の川」の雰囲気を味わいたい。田んぼの横、集落の近くでいい。そして、鉄道ファンなのだから、できれば線路のそばで釣りたい。それも、特急や貨物列車が走る東北本線盛岡以北(いまは「いわて銀河鉄道」になってしまった)がいい。
 そこで最初にめざしたのが、鉄道ファンならみんな知っている「奥中山のカーブ」の下。川は北上川本流(の上流)である。(「そもそもは」のぺージ参照)ここでは、イワナとヤマメが釣れ、列車の眺めも楽しめたのだが、上流に放牧場や集落があるためか、釣果と水質はイマイチ。今度は、線路は見えなくても、もう少し雰囲気のいいところを探した。
 すると、北上川の支流に、ぼくのぜいたくな要求を満足させてくれる川があった。ぼくは以後、一年に一度はそこを訪ねて、ヤマメ釣りの雰囲気を楽しむことにしている。いや、もちろん釣果も。
 
  色づいた稲の波の向こうに川の流れがある。
 
 精悍な姿 岩手のヤマメ
 初めてこの川に行ったときは、雨のあとで水が少し多かった。気持ちを引き締め、準備体操をして水に入った。仕掛けはいつものイワナ釣りよりも30cmほど長めにして、ハリスはいつもより一回り細い0.4号、ハリも7号にした。エサはブドウ虫。秋川のヤマメ釣りと同じにした。
 ポイントを探りながら20mほど歩いたところで、振り込んだとたんに目印が上流に持って行かれた。あわててアワセると、「ガツン」という手ごたえのあと、仕掛けが宙を舞った。手にとって見ると、アワセ切れである。これではだめだ。そこでイワナと同じく、ハリス0.6号、ハリもイワナの7.5号にもどした。
 その先のポイントで、目印が横に走る。すかさずアワセると、相手は上流へと逃げる。思わず両手で竿を持ってこらえ、竿を縮めながら岸近くに移動して、竿の弾力を使って魚を岸の草の上に放り投げた。
 ヤマメである。しかし、見慣れた秋川のヤマメではない。がっしりした魚体で、背から腹までの幅が広く、紡錘形をしている。これが岩手のヤマメである。
 
                    20cmを超えるヤマメは精悍そのもの。

 釣り上げたヤマメは、ブドウ虫のついたハリを喉の奥まで飲み込んでいた。ハリをはずすのにだいぶ時間がかかってしまった。ヤマメの歯が、仕返しのようにぼくの指を噛んだ。これでは困る。そこで、エサをミミズに代えることにした。秋川ではミミズは使わない。いや、昔は使ってみたのだが、小型ヤマメに食いちぎられることが多く、良型はバラしてしまったりで、すぐにブドウ虫だけに切り替えたのだ。
 岩手のヤマメはミミズを一気に口に入れるだろうか? バラシは増えないだろうか?
少しの心配を抱えながら、ミミズをハリにつけた。もちろん、ミミズはハリからダラリと垂れている。イワナなら、ゆっくり待ってからアワセればよいのだが、すばやいヤマメは待ってもいられない。
 ともあれ、ミミズをつけて上流に振り込む。ミミズはブドウ虫よりもずっと重たいので、ていねいに。
 目印が近くまで来たときに、竿先に「ガッガッガッ」と手ごたえが来た。上流に向かってアワセると、魚は横へ走る。この引きはイワナではない、鋭角的なヤマメの引きだ。しばらくのやり取りのあと、銀色にパーマークを配した25cmのヤマメが姿を現した。
 
                     ミミズをくわえて上がってきた銀色のヤマメ。

 この川で、ぼくは3時間で12尾のヤマメと4尾のイワナを釣った。水量が多かったとはいえ、これは大変な釣果だった。何しろ、かかる魚のほとんどが20cmを超えていたのだから。魚籠はずしりと重くなった。それに味をしめて、ぼくはこの川に毎年通っている。
 
 びっくり! 「スレイワナ」
 イワナとヤマメのアタリは、この川ではあまり区別できない。ヤマメはヤマメそのものの鋭角的なアタリなのだが、同じ川にいるイワナのアタリも、同じように鋭角的なケースが多いのだ。ヤマメとのエサの奪い合いで、気合が入っているためだろうか。
 アワセてからの引きは、ヤマメが水平方向に走るのに対して、イワナは底に潜るか、そのまま体をよじって耐えることが多いのはこの川でも同じだった。だから、釣り上げる前にほぼ相手がわかるのだが、今年の1尾はまったく予想を裏切った。
 その相手は、瀬尻近くで目印をフッと上流に動かした。アワセたとたんにそのまま上流へ激走、そして反転して私のほうにやってきて、落ち込みから下流へと逃走を図った。これは大型のヤマメである。ぼくは魚の位置と自分の足元に気をつけて5mほど下流に移動して、抵抗がゆるむのを待って岸に抜き上げた。
 上げてびっくり。イワナなのである。メジャーで計ったら28cmのメスのイワナだった。なぜあんな引きをしたのかは、ハリを外すときにわかった。ハリは、口ではなくエラぶたにかかっていたのだ。これはいわゆる「スレ」である。背や腹にかかっていたら一発でハリスを切られるサイズなのだが、エラだったので、ヤマメ的な引きになったのだと納得した。これがヤマメのエラだったら、きっと上がらなかったのではないだろうか。

 ヤマメと思ったら「スレイワナ」だった。28cmのメスである。


                     イワナと比べると、やっぱりヤマメの顔は精悍だ。

 
  この流れからヤマメが飛び出した。
 釣りあがって行くと、小さな集落がある。おだやかな山に包まれた、牛の鳴き声のする静かなたたずまいだ。小さな祠の横で、またヤマメが飛び出した。
 車にもどり、魚籠の魚をクーラーボックスに入れ、着替えをする。まだ去りがたい思いが、ぼくの動作をゆっくりにさせている。
 今年はもう来れない。来年もこの風景とヤマメ、イワナたちがそのままであることを祈りながら、ぼくはジムニーのアクセルを踏んだ。

   
    おだやかな山に囲まれた小さな集落。田んぼの左が川の流れ。


       このジムニーとの渓流釣りも、今回が最後。長い間ご苦労様でした。

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