押角駅前でイワナを釣る
 
  
    押角駅を発車した岩泉線684Dが、森の中に吸い込まれて行く。
 究極のローカル線、究極の「秘境駅」
 岩泉線は、究極のローカル線である。
 盛岡から宮古へ向かう山田線に乗り、区界を過ぎてひたすら谷を下る列車に揺られ、茂市という山間の駅で下車。ここから乗り換えて岩泉まで山を越えるのが、岩泉線である。岩手県とはこんなに山が深いのかと実感させられる、岩泉線である。
 しかし、岩泉線に乗るためには、時刻表をしっかり確かめないといけない。なぜなら、盛岡から茂市へ行く山田線の列車は1日4本しかなく、茂市から岩泉まで行く列車は1日に3本しかないのである。
 この究極のローカル線が、最近脚光を浴びている。いや、「究極のローカル線」として脚光を浴びている。ツアー客で満員になったり、臨時列車が走ったりするのだから、一時は路線廃止に動いたと言われるJR東日本も、今は「悠久の時を刻む岩泉線」などというポスターまで作っているのである。
 この究極のローカル線の中で、一番有名な駅が、押角(おしかど)である。駅の周りに人家がない(廃屋と養魚場はある。少し歩くと、養鶏農家もある)だけでなく、駅そのものが、国道340号(林道を舗装したサイズ)からクルミの林を抜け、歩行者しか通れない仮橋を渡り、線路端を歩いたところにあるベニヤ板のホームという、究極の「秘境駅」なのである。
 この「秘境駅」というネーミングは、鉄道ファンである牛島隆信氏(ぼくは面識がない)によって広まった。牛島氏は「秘境駅へ行こう」という著書を出版し、これがずいぶん売れているそうである。ぼくの「駅前旅館に泊まるローカル線の旅」(ちくま文庫)よりも売れているのではないかと思う。うらやましいが、これは氏の着眼と努力の結果なので、素直にほめなければいけないのである。
 さて、岩泉線には何度も写真を撮りに出かけている。と言っても、区界旅館に滞在しているときの1日または半日を使っている。つまり、イワナ釣りの合間に鉄道写真を撮っているわけである。だからこの話をこの「ザッコ釣り」のページに載せているのだが、そもそもぼくは魚釣りと鉄道趣味行為の結合を目ざしている、つまり、鉄道線路のそばで魚釣りをすることを楽しみとしているので、釣りの話にも鉄道が登場するのは、これまでも、そしてこれからもよくあることなので、読者の皆様には、我慢していただきたいのである。(御託を並べてすみません。)

 この橋を渡らないと駅に行けない。

 橋を渡ると、さらに線路端を歩く。スイッチバックの跡だ。

 森に囲まれたホーム。

         駅前広場である。
  
                        列車は1日3往復。 2007.8.3

 不思議な出会い
 岩泉線は、押角トンネルを境として、茂市側は閉伊川流域、岩泉側は小本川の流域を走るのだが、ぼくの好みのサイズの流れは、ちょうど「秘境駅」の押角あたり。閉伊川の支流・刈屋川の上流である。そこで、前日の夕方に区界旅館のとなりのコンビニで日釣り券を買い、作ってもらったおにぎりを持って朝早く出発、朝の列車の撮影を終えてからイワナ釣りをすることにした。
 岩泉線の早朝の列車は、茂市から岩手和井内までの往復。これを岩手刈屋―中里間の、牛を飼っている農家の近くで待っていたら、ぼくと同じ八王子ナンバーの車がやってきた。夫婦で来ているが目的はぼくと同じだとのこと。少ししたら、今度は多摩ナンバーの車。これはすぐに引き返して行ったが、あとで押角でいっしょになった。山田線・岩泉線を走るキハ52、キハ58は今年(2007年)の秋にキハ110系に置き換わることになっているので、特に「鉄」の人出が多いのである。
 和井内往復を撮影してから、次の岩泉行きを押角駅で撮ろうと、細くなった林の中の国道をウネウネと走っていたら、何と、ヒッチハイクの合図をしている青少年に遭遇した。疲れた顔をしているので、車を停めた。聞くと、何のことはない、ぼくと同じ「鉄」で、次の岩泉行きを峠で撮影したいのだと言う。しかも、さっきの和井内折り返しに乗ってきて、時間がないので和井内から走ってきたとのこと。すでに列車の時刻まであと15分しかないので、ぼくは駅で撮る予定を替えて、峠の撮影ポイントまで乗せて行くことにした。
 この青少年、北海道から来た高校生で、アルバイトでお金をためて「みちのくフリー切符」を買い、キハ52最後の姿を見に来たのだと言う。ぼくも青少年のころは車に乗せてもらったことが何度もあるので、懐かしい気持ちになった。

  峠道の撮影ポイントから。北上山地は、山を越えても山がある。
 峠のポイントでいっしょに撮り、次の上り列車に乗るという青少年を押角駅まで乗せて行くと、さっきの「八王子ナンバー」と「多摩ナンバー」の同業者が木陰で歓談していたので、ぼくも加わり、3人でしばらく時間を過ごしたのだが、ここでまたびっくり。「多摩ナンバー」はぼくの本当の同業者、「八王子ナンバー」は、ぼくの自宅近くに置かれている地下鉄丸の内線の車両をボランティアで補修している人だったのである。
 「多摩ナンバー」の人は別の場所で撮るとのことで先に別れ、押角駅で上り684D宮古行きを、三脚を据えて待つ。この列車に乗って行く青少年は、「せめてものお礼です」と言って、手帳に描いたディーゼルカーの絵をぼくに手渡した。律儀というか、よっぽどうれしかったのだろう。列車に乗るとき、彼は何度も手を振った。
       
 ホームの岩泉よりに、「千分の30」の勾配標がある。キハ52型単行の684Dが減速しながらやって来た。

 リリースサイズのヤマメ、そして……
 押角駅前のクルミの木の下で1人になったぼくは、おもむろに釣りの身支度を整えた。ホームとの間の橋の下の流れは、苔のついていない石が青白く見え、あまり魚がいそうに思えなかった。でも、ここ押角の線路のそばで、線路のそばの流れの中で、ひと時を過ごしたかった。
 クルミの木の下に車を置いたまま、狭い国道を少し下流へ下り、養鶏場の下から流れに入った。このところの暑さと減水で、冷たさをあまり感じない。
 アタリは、あった。しかし、10cmほどのミニヤマメばかりで、エサのミミズの消耗が激しい。まあ、「押角はヤマメだった」と書けばいいか、と苦笑いしながら、いつのまにかホームの駅名標が見えるところまで来た。ここでまたミニヤマメ。魚の写真と、木立の向こうの駅名標の写真を撮る。これで満足しよう。

 奥多摩・秋川を思わせる明るい流れ。

 こんなヤマメが何尾も釣れてしまった。

 その少し上流に、流れの脇に草が生えている、ちょっとした深みがあった。イワナがよくいるタイプのポイントだ。「ウン?」と、ほんの少しの緊張とともに、仕掛けを入れる。すると、草の下からスッと出てきた魚がエサをくわえたではないか。ひと呼吸置いて軽くアワセると、ズシリと重い手ごたえ。「バシャン」と水面に踊る姿は、ヤマメではなくイワナである。ぼくは歓声を上げながら、その引きを楽しみ、写真を撮ってからそっと引き寄せた。
 22cmのイワナは、口の中にハリをほんの少しだけ引っ掛けていた。ぼくは、そっとハリをはずして、イワナを再び流れにもどしてやった。岩泉線押角駅前、ぼくは22cmのイワナを釣った。それだけで、きょうのぼくは十分に満足してしまったのである。


         跳ねたのはイワナ。

 陽光を浴びてイワナが光る。

 ここで釣りました。右下がポイント、向こうに駅名標が見えています。まぎれもない、「押角駅前」。

     ホームへの橋のすぐ下でした。
 
 帰り道で撮った山田線3648D 快速「リアス」。もう国鉄色のキハ58型も見納め。
       2007.8.3  陸中川内―箱石

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