奥会津の春は コゴミ色 |
静かに酔った夜 奥会津・昭和村に、3年ぶりにイワナ釣りに出かけた。 昭和村は、会津鉄道が通る田島町と、JR只見線が走る金山町(会津川口)の間にある山の村だ。 ぼくが昭和村に通い始めてから、もう15年ほどになる。それまでは田島町の渓に通っていたのだが、一番気に入っていた沢が林道工事で破壊されてしまい、困ったぼくが2万5千分の一地形図を頼りにこの村にロケハンに行ったのが最初である。おだやかな山とブナやトチノキ、サワグルミの渓に魅せられて、最初のころは年に何回も通っていた。 そのうちに、鉄道民俗学のフィールドワークが忙しくなり、昭和村へは毎年春にUさんと出かけるだけになっていた。それが2シーズンを空けてしまった。 一昨年の春は山形の知人宅に世話になってイワナ釣りと山菜採りを楽しんだ。そのあとで、昭和村の定宿・昭和館の跡取の息子さんの不幸を知人から聞き、去年の春は殺生をせずに線香を上げに行った。すると、何と、元気な声をいつもかけてくれていた親父さんも、息子さんの後を追うように亡くなったとのこと。おかみさんから聞いたときには、胸が苦しくなってしまった。 おかみさんの話では、娘さんが戻ってきて、旅館の営業を再開しているとのことで、再訪を約束して昭和館を辞した。そして、この春の昭和村だったのである。 5月の金曜日、ジムニーで夕刻の東北自動車道と国道400号、121号で会津田島へ、さらに400号で舟鼻峠を越えて昭和村に入ったぼくとUさんは、夜遅く着いた昭和館で、親父さんと息子さんの遺影に線香を上げ、そして風呂に入った。 「もう、15年も通っているんだね。」 Uさんが湯に浸かりながら、しんみりと言った。 久しぶりの、昭和館の夜だ。時の移ろいを重く感じながら、ぼくたちはビールを飲み、静かに酔った。 いつもの朝 いつもの小沢で、Uさんがイワナを掛けた。 2005.5.14. このとき、東北地方には低温注意報が出ていた。末端冷え性を自認するUさんには、出かける前に脅かしておいたのだが、曇りの朝の冷え込みはそれほど強くなかったので安心した。 昭和村でぼくたちが春に入る沢は、だいたい決まっている。最初の沢は、イワナ汁の具が調達できる沢でなければならない。この小さな沢は、たくさんは釣れないがイワナはいて、コゴミやカタクリがたくさんある。普通の年なら4月下旬に来たときに入るのだが、雪が多かったため、5月半ばでも手頃なコゴミ、手頃なカタクリが手に入った。 関東ではカタクリは保護されるべき植物だが、東北では山菜。もちろん、ぼくたちは朝食用にしか採らない。シャキシャキした食感が大好きだ。コゴミと、ハリを飲んでしまった小型のイワナ、それにUさんが見つけたヒラタケを入れた味噌汁が、宿の弁当とともに渓の朝食になった。 カタクリとコゴミ、イワナ、そしてヒラタケが味噌汁の具。 朝日を浴びてコゴミを採る。春の釣りの、幸せなひととき。この沢は、夏には茂みに覆われてしまう。春だけの楽しみだ。 春の昭和村と野尻川本流。車はもちろん、ぼくのジムニー。 おいしい渓での朝食のあと、車に引き返して、別の沢へ。昭和村には、ぼくのイワナ釣りにちょうどよい沢がたくさんある。おだやかな山と村の風景がたまらなく好きだ。 昼は別の沢に入った。ここでも陽光にイワナがはじける。 ミズナラの新緑。 陽が傾いた帰り道。宿でビールが待っている。 陽が傾いてきたころ、きょうの釣りはおしまい。一日渓の中を歩き続けてイワナは二人で10尾ほどしか釣れなかったけれど、ぼくたちは十分満足できた。あとは、宿での風呂とビールが待っている。 田んぼでは代かきが進んでいる。 昭和館の部屋で、ビールを飲みながら仕掛けを作るUさん。 部屋の窓からの景色。これが好きなんです。 雨の決断 一日目の釣りを終えて、いい気分でビールを飲んでいたぼくたちに衝撃が走った。何と、テレビが報じた翌日の天気予報が、雨だったのである。 「そんなばかな!」 この日の好天から、そして出発前の予報からは考えられないことである。しかも、雷を伴い強く降るところもあるというのだ。そして、窓からの景色が闇に包まれたころ、早くも無情の雨が降ってきた。気落ちと疲れと酔いと満腹で、この夜は9時過ぎに寝てしまった。夜中、屋根を叩く雨音。寝苦しい夜になってしまった。 翌朝、明るくなってから目が覚めた。雨音は相変わらずだ。 「しょうがないから、(車で)散歩でもしようか。」 「きょうの釣り券が無駄になったね。」 「天気予報を見てから買えばよかったな。」 などという会話のあと、とりあえず宿を出ることにした。会計は前夜に済ませてあり、朝の弁当は用意されている。ぼくたちは、本降りの雨の昭和村を、まったくゆっくりしたスピードで走り出した。 10分ほどで、きょう入るはずだった沢の入口に着いた。雨の中でイワナ汁を作る元気はなく、ジムニーの狭い座席で弁当を食べた。 カッパの上下を着たままである。弁当を食べてから、車の外に出て、雨に煙る山を見ているうちに、何と、気が変わってしまったのである。 「ねえ、せっかくだから、少し釣ってみようか。」 「そうだね。」 そしてぼくたちは釣り支度を整えて、雨の渓に入って行った。 雪残る渓 ところがびっくり。ぼくたちが釣り始めると、雨は小降りになり、そのうちに上がってしまったのだ。何という幸運。ぼくたちは静かな、いや、沢音と鳥の声が響く小さな渓で、また楽しい思いをしてしまったのである。ああ、来てよかった! 沢沿いに顔を出した山菜、アイコ。かわいいが、細かいトゲには蟻酸が含まれ、素手でつかむとピリピリしてたいへん。大きくなると、ヤブこぎの大敵、ミヤマイラクサである。 2日目の沢には、きついヤブがある。しかし、ここにイワナがいる。 ヤブを抜け、階段のようにせりあがるところで一休み。イワナの腹を割き、コーヒーを飲んだ。 この渓には、まだスノーブリッジが残っていた。ここは崩れているが、この先に崩れていないブリッジがあり、巻くのに苦労した。 帰り道も楽しい、春の渓。また来年も来るよ! 「東北の渓のザッコ釣り」のトップにもどる 「やっぱり落ち着くいつものテン場」に跳ねる |