岩手の渓のザッコ釣り 4 

      秋川で鍛えたこの釣技

   
                      秋川のヤマメ。彼らがぼくを鍛えてくれた。
  ホームグラウンドは東京都
ぼくの渓流釣りのホームグラウンドは、東京都あきる野市、檜原村を流域とする秋川である。
 ぼくの勤務する学校の学区の南端で多摩川に合流する秋川は、多摩川第一の支流で、上流にはたくさんの沢を持ち、たくさんのヤマメが生息している。
 ぼくが渓流釣りに初めて友人に連れて行かれたのは、たしか1983年の夏のことだから、もう21年も前になる。木曽の開田村に行ったのだが、何尾かのイワナとアマゴを釣ったものの、のめり込むことはなかった。
 翌年、同業の先輩に誘われて八王子市の奥の川に行き、そこでヤマメを短時間に2尾釣った。その数日後、この先輩に連れられて乗鞍高原に行き、イワナを釣ったことが、今も渓流釣りを続けるきっかけになった。
 その翌年からは秋川の年間入漁券を買い、ひたすら通って腕を磨いたのである。そして、釣り人の多い、東京都の渓流でも、ぼくは十分にヤマメを釣って楽しんでいるのである。(ただ、最近は別のことに忙しくて、秋川に出かけることが少なくなった。今年は、春から夏にかけて雨が極端に少なかったので、年券も買わず、結局一度も釣りに入らなかった。)

  
ホームグラウンドは ヤブ沢
 渓流釣りにも竿や仕掛け、釣る場所などは人によって違う。ぼくが「釣りの達人」とえらぶっているのは、実は、特定の仕掛けと特定の場所でのことで、井の中の蛙、藪の中のクマなのである。
 秋川でぼくがヤマメを釣るのは、本流ではなく、小さな沢だ。秋川の沢は、潅木が茂った、いわゆる「ヤブ沢」が多く、実に釣りにくい。だから、多くの人は小さな沢を敬遠するし、釣りに入っても、仕掛けを絡めたり水の中で転んだりして、魚を逃がしてしまうことが多い。もちろんぼくもたくさんのヤマメに逃げられているのだが、そのうちの何尾かをビクに収められればいいのだ。野球で言えば、打率が他の人よりも少しいい、ということである。
 ぼくの渓流竿は、長さが4.5m。渓流竿の中では短いほうだ。このくらいがぼくには一番扱いやすいし、この長さの竿でポイントにとどかない川は、ぼくのテリトリーの外だと考えている。
仕掛けの長さは1.4メートルほど。竿よりもずっと短い、いわゆる「ちょうちん仕掛け」である。エサは、秋川では市販の「ブドウ虫」。岩手に行くとミミズを使う。
 
 
  
ヤブ沢釣りの実技
ぼくの仕掛けが短いのは、木の枝に絡まないようにするためだ。たとえば、上の淵はよいポイントだが、手前の流れ出しの幅は1mほど。淵の奥行きは5mほどである。頭の上には木の枝がいくつもあり、よくみると枯れ枝が垂れ下がっている。もちろん、ぼくはしゃがんで写真を撮っている。
 ここの場合、竿を上に上げたとたんに枝に仕掛けが絡まり、魚は逃げ、それでおしまいである。奥の石のそばにエサを落とすには、しゃがんだまま、竿を前に向けて2mくらいに伸ばして(それまでは1.5mほどに縮めておく)、仕掛けを左の流れ出しの水面に滑らせる。そしてそのまま竿を4mほどに伸ばしながら、上の枝にかからないように、穂先を少し上げて仕掛けをポイントにスッと落とす。
 落として1秒経つかどうかのうちに、目印が左にに動く。ヤマメはすぐにアワセが必要だが、上に竿をあおると、竿が枝に引っかかる。そこで、目印の動きと逆の、右斜め上に軽くアワセをする。手ごたえがあり、ヤマメが水の中で必死の抵抗をする。
 ここでそのまま竿を上に上げると、竿や糸がが枝に絡まってしまう。そこで、ヤマメの動きをこらえ、自分が前に「アヒル歩き」で進みながら、竿をゆっくり縮めていく。竿が2mほどになると、ヤマメの動きを見ながら、左手で糸を引っ掛ける。このとき、糸を握ってはいけない。ヤマメがハリから外れないように、竿の弾力を生かすのだ。そしてヤマメを浅瀬に誘導し、最後は糸をスッと握って岸にヤマメを上げる。上げる岸がなければ、しゃがんだ自分のお腹でヤマメを受け止める。(上の淵では20cmのヤマメが釣れた。)
  
 魚が20cm以上あれば、疲れさせてから上の写真のように空気を吸わせ、左手を開いて魚を寄せて、一気につかんでしまうこともある。このときのつかみ方が弱いとヤマメに逃げられ、つかみ方が強すぎるとヤマメがつぶれてしまうので注意。

 
ヤブ沢釣りのコスチューム
   
                                 
(イラスト 内山孝男)
 ヤブ沢では、姿勢を自由に変えられなければならない。ヤブ沢では、水に浸かることを嫌がってはいけない。ヤブ沢では、木の枝や茂みに道具を取られないようにしなければならない。
 そんなわけで、ぼくのコスチュームは、イラストの通り。ひさしのある帽子は日差し除けだけではなく、小枝をよけるセンサーにもなる。魚篭を腰につけると、姿勢を変えるときに邪魔になるし、転んだら魚を流してしまうので、ザックにカラビナで装着し、上から天蓋で固定する。
 足回りは、フェルト底のウエーディングシューズ(沢登り用の紐靴)に、ひざ下までのウエットスパッツ。もちろん、水が中までしみ込む。長靴やウエーダーは、中に水を入れないのだが、歩きにくいし、自由が利かない。転んだら水は中に入ってしまう。春の雪解け水のときには、靴下をウエットソックスにする。夏場は山用のウールの靴下が気持ちよい。ズボンは、ジャージのトレパン。中にタイツをはくと、体の冷えが少ない。
 ぼくのようなコスチュームの釣り人は、あまり見ない。東北では、地元の人はひざ下までの長靴、都会からの釣り人はウエーダーが中心だ。もちろん、仕掛けも釣技も、ねらう場所も違うので、これは当然のこと。

瀬釣りの実技
 ヤブ沢の淵での実技はさっき書いたので、今度は瀬での釣り。いっしょに行くSさん、Uさんに言わせると、ぼくとの釣果の差は、瀬釣りの技術の差だそうである。下の写真はイワナの沢だが、傾斜がゆるく、淵よりも瀬が続く沢である。
          
 この沢にも、もちろんイワナはいる。雨のあとで水が増えているときは、4時間釣り上がって20尾以上の釣果がある。だが、この沢でイワナを釣るためには、こちら側の条件が必要だ。それは、ポイントの選定、釣り人の位置、姿勢、そして仕掛けの振り込みかたである。
 写真のような沢では、イワナの隠れ場所は、岸のえぐれや茂みの下、倒木の陰などである。そこが少し深くて少し流れがゆるやかなら、立派な隠れ場所になる。だから、イワナの隠れ場所の前に、少し上流からエサを流す。また、気合いを入れてエサを待つイワナは、瀬の中に出て上流をにらんでいることも多い。だから、イワナが出ていそうな場所の少し上流にエサを落とす。だから、ポイントは、隠れ場所の前と、えさを待つ瀬、ということになる。
 次に、竿を出す釣り人の位置だが、このような沢では、岸から竿を出しても、探ることのできるポイントは限られてしまう。だから、流れに入って、上流へと歩きながらポイントを探す。魚は上流に顔を向けているので、釣り人は下流から接近するのだ。
 竿を出すときの姿勢は、目ざすポイントと釣り人の位置関係で決まる。魚の眼は、体の横についているので、後ろからの接近も感知することができる。特に、瀬に魚が出ているときは、不用意に近づくと、魚が気がついてサーッと逃げてしまう。これを「魚が走る」と言うのだが、走った魚は、もう警戒してエサを追わない。川底がはっきり見えるような流れのゆるやかな瀬では、水面の上の人間の姿を見つけられやすいので、姿勢を低くして、竿の届く場所まで「アヒル歩き」で近づかなければならない。そしてそのままの姿勢で仕掛けを振り込む。条件によっては、こちらが先に、瀬でエサを待つ魚を見つけることもある。「見える魚は釣れない」という言葉があるが、イワナやヤマメでは、見える魚でも釣れることが多い。……こう書いてはいるが、ぼくも、限りなくたくさんの魚に走られているのだ。失敗をくり返しながら、今の「達人」になったのである。
  

 エサのついた仕掛けをポイントに振り込むには、竿を腕の延長のように自在に操る腕と手首の微妙な動きが必要だ。そのためには、まず、自分に合った調子の竿を使い込むことである。ぼくは4.5mの振り出し竿(カーボン)を使っているが、買ったのはもう10年近く前。それも、同じ竿を2本同時に購入した。決して上等の竿ではない。2本で1万5千円程度のものである。渓流釣りでは、転んだり木にぶつけたりして竿を折ることがあるのだが、そのときは、ザックに入れているもう1本の竿を使う。そして帰宅してから釣具屋へ行き、折れた部分だけ取り替えてもらう。日数がかかるし、部品代は結構高いが、慣れた竿を使い続けるためには必要なことだ。
 釣友のUさんの振り込みは、ぼくよりも荒っぽい。2人で釣り上がるときは、一人が後ろで見ているのだが、「あれじゃあイワナが逃げちゃうよ」という場面が結構ある。彼も自覚はしているのだが、瀬釣りではどうしてもぼくのほうが成績がよい。傾斜が急で淵が多い沢だと、Uさんのほうが釣果が上回ることもあるのだが。
 ポイントへの仕掛けの着水は、オモリより先にエサがポトリと落ちるのがよい。あとは、流れの中を自然に流す。
 こんなことを書いている「達人」も、ときどき「あれれ?」の釣りをする。仕掛けが手前まで流れてきたので、あきらめて次のポイントに進もうとして竿を前に出したら、竿先がしなり、ブルブルと手ごたえが来る。知らないうちにイワナが食いついているのだ。こんなときは苦笑い。後ろにUさんがいると、「達人は笑ってごまかす」のである。
  
                            
 (イラスト 内山孝男)
 
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