思わぬタナゴ                 

  
   
 
ぼくにはタナゴは釣れないものだと思っていた。
 タナゴは小さい魚である。フナよりもずっと小さい魚であるメダカの次に小さいのではないかと思ってしまうような魚である。それに、そもそも数が減っている。解説書によれば、個体数が激減しているというのである。
 個体数が激減している理由の第一は、タナゴの産卵システムに由来する。タナゴの仲間は、淡水性の二枚貝の中に産卵管を突っ込み、貝の殻の中に卵を産みつける。卵は貝の中で稚魚となり、貝の外へと泳ぎだす。ぼくはもちろんそのシーンを見たことはないが、「タナゴ」という名前が、まったく「店子」からきているのではないかと思ってしまうような生態なのである。
 そのタナゴの数が激減しているのは、「大家」である二枚貝が、用水路のコンクリート化によって激減してしまったからだと言われている。もちろん、水質の悪化や、外来魚のせいもあるとは思うが、産卵システムが機能しないのは、もう致命的である。今、タナゴの仲間は、ミヤコタナゴとイタセンパラの二種が、国の天然記念物に指定されている。淡水魚で国の天然記念物に指定されているのは、他に、アユモドキとネコギギだけだから、タナゴの希少価値性がわかるというものだ。
 こんなことを言っているぼくも、タナゴとのつき合いは、わずかでしかない。小学校六年生のとき、千葉県の手賀沼に続く水路で、四つ手網を使ってバラタナゴ(タイリクバラタナゴだと思う)をたくさん獲ったこと、1980年の夏に、琵琶湖に続く水路で何尾もの大型のタナゴを釣ったことがあるくらいだ。だから、一人前のことは言えないのだが、この間新潟でヤリタナゴをたくさん釣った感激を知ってもらうために、少し回り道をしたのである。

 タナゴの場合、あまり場所をはっきり書くと、マニア(いるんですよね、どの世界にも)や鑑賞魚業者に乱獲される危険がある(決して大げさではない)ので、新潟県とだけしておく。平野のはずれの、やや段差のある田んぼのよこの用水路の、ほんの小さな流れ込みに仕掛けを入れたら、ウキがスッともって行かれて、上がってきたのがヤリタナゴの、しかも婚姻色のオスだったのである。ぼくはほとんど悲鳴に近い歓声をあげて、ハリを加えたままの魚を泳がせたままカメラを取りに行き、そのタナゴを手のひらにそつと乗せて写真を撮った。そのときは、「マタナゴ系のタナゴ」としか判別できなかったが、自宅にもどって図鑑を見て確定した。
 その、ほんの小さな場所で、さらにメスのタナゴを数尾釣り、ぼくはもう大満足した。タナゴたちをリリースして車を少し移動させ、また流れ込みを見つけて竿を出した。また、タナゴ。もう、信じられないできごと!
 この場所の近くでは、さらに二ヶ所、タナゴのポイントを見つけた。そして、集落をぬってしばらく下流に行くと、流れはしだいに小川の雰囲気となり、細い用水路の水が落ちてくる合流点では、ハヤ、ヤマベ、そしてゆるやかな場所ではまたまたタナゴが、どんどん釣れてしまったのである。この日は自宅に帰る日だったので、ハヤとヤマベはもちろん、タナゴも三尾持ち帰り、大きめのハヤは塩焼き、小さいハヤとヤマベ、タナゴは甘辛煮にしておいしく食べたのだ。
 ぼくにもタナゴが釣れた、新潟の五月だったのである。

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