ビオトープ日誌 2 池を掘る |
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2005年7月の職員会議でビオトープを作る承認を得たので、具体的な作業計画を立てました。 学校ビオトープを作るときの大切な柱は、なるべく多くの職員、児童、保護者の協力を得て、「みんなで作る」ことです。そこで、池を掘り始めるのは2学期が始まった9月からにして、初めは子どもたちの手作業で掘り始めることにしました。 その準備工事として、夏休み中に校長、用務主事と私の3人で、池になる「学級園遺跡」の西側のコンクリートを壊しました。残る三方は、ビオトープの境界線にするためにそのまま残します。 全校の子どもたちが掘る 9月になり、「学級園遺跡」の土を子どもたちに掘ってもらうことになりました。1学年が1時間ずつ。深くなるほど掘りにくくなるので、低学年が最初に作業をしました。このような作業は通常の毎日の勉強と違った特別なことなので、子どもたちは楽しそうに作業をしていました。 でも、とてもこれだけでは掘りきれません。このあとは造園業者にお願いして、ユンボで深く掘ってもらいました。 この業者からは、別の場所の工事で余った防水シートを無償で提供してもらい、貼り付けまでしてもらったので、大助かり。あとで調べたら、このシートは「ベンナイト」という、布地と細かい粒子の鉱物を組み合わせたもので、買えば大変な値段になることがわかりました。感謝! 思わぬアクシデント 10月初めに業者による掘削とシート貼りが終わり、さあこれから池に石と土を入れて、と思っていたら、私に思わぬアクシデントが起きました。学校対抗のソフトボールの試合で、ホームに滑り込んできた相手校のランナーにつま先を蹴られ(私はキャッチャー)、左足の親指の爪が三分の一ほど折れ曲がって上を向いてしまったのです。試合のあと整形外科に駆け込み、曲がった部分をハサミで切られて(痛かった!)消毒、包帯。そのあと1週間、毎日通院することになりました。 それだけではありません。左足の親指の付け根は、私の「不治の病」、痛風の痛みの出る場所。親指の先をかばって歩いていると、3日目に何と痛風の痛みが出てしまったのです。すぐにかかりつけの医師に鎮痛剤をもらいましたが、痛みはなかなかなくならず、結局11月末まで、1ヵ月半もまともな土木作業ができませんでした。今まで何度も出ている痛風の痛みは、春と決まっていたのに、今回はつま先を蹴られたことが要因に間違いありません。試合には負けるし、まったく悔しい思いでいっぱいでした。 落ち葉よけネットと湛水試験 ![]() コンクリートの内側に、板で囲った土の岸を作りました。この板の下辺が計画満水面です。 池の場所は、校庭の隅の木の下。上にはナラ、サクラなどが枝を広げています。夏は日陰になっている時間が長く、そのために開校当初に作られた「学級園」が放棄されていたようです。 木があれば、秋には葉が落ちます。少しくらいなら構わないのですが、葉がみんな池に落ちてきたら、池は数年で埋まってしまうのではと思われるので、10月下旬、まだ不自由な足をかばいながら、落ち葉よけネットを作ることにしました。ホームセンターで防風ネットを2枚買ってきて、図書室で縫い合わせ、雑木林の真竹を竿にして、ちょうど池を覆うサイズの「棒受け網」を作りました。もっとも、毎週学校に来ているインターンシップの学生に手伝ってもらったのですが。 上の写真は、12月13日、最初の湛水試験の前に落ち葉を取り除くため、ネットをはずしたところ。池の底には石や土を入れてあります。斜面の白く見えるところが、防水シート。斜面は土がつかないのでシートが露出していますが、布地なので、そのうち苔がついたりして目立たなくなるでしょう。
でも、蛇口を閉めて、翌朝見に行ったら、防水シートのない部分の水はすっかり土にしみこみ、シートのある部分だけに水が溜まっています。防水シートの威力をまざまざと見せつけられました。
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