鉄道ウオッチングのススメ 9 

    現代「鉄道趣味」事情
 
  
   車両をバックに記念写真を撮るのは、ごくふつうの光景になった。
                          2009.4.12 小湊鉄道 月崎
 最近は、まったく本当に鉄道ブームである。生まれて以来50年以上の鉄道趣味歴のぼくには、隔世の感がある。

 「裾野」の広がり
      「電車でGo!」を楽しむ子どもたちもたくさんいる。(この写真は電車ではなく、気動車だが。     2010.5.3  秋田内陸縦貫鉄道
 少し前まで、「鉄道オタク」という言葉のように、鉄道趣味はごく一部の奇人変人の趣味のように思われていたのだが、今では幅広い層の人たちが、ふつうに鉄道車両にカメラを向けている。行楽に出かけたとき、自分が乗る列車の写真を、ごく自然にホームから撮影する人が多いのである。
 特に目立ってきたのは、女性。99パーセント以上が男性であった鉄道趣味の世界にも、ジェンダー・フリーの波が押し寄せている。

 昔から子どもと父親という組み合わせはよく見かけた。自分の趣味を子どもに伝授しようと言うお父さんの健気な気持ちが伝わり、微笑ましく眺めていたのだが、今は「子どもと母親」の方が断然多い。しかも、母子で「あれは○○系だね」などと、ふつうに会話しているのである。子どもの趣味に母親が染まったというより、母親自体が楽しんでいる雰囲気で、「ママ鉄」という言葉も生まれたほどなのだ。
 お互いの鉄道知識を競い合うようなコアな人たちの数にはあまり変化がないと思うが、自分なりに鉄道趣味をユルく楽しんでいる人は確実に増えているのではないか。
  

 カミングアウト
        
                  2008.1.3  銚子電鉄
 以前なら、「私は鉄道ファンです」と公言することがはばかられていた(そんな世相はまったくケシカランのだが)ようなジャンルの人たち、たとえば芸能界の人たちも、続々と、隠していた趣味をカミングアウトするようになった。

 その一人が、タモリ。鉄道ファンの間ではずっと以前から、「タモリは『鉄』に違いない」とうわさされていたのだが、今では公然の事実として語られている。
 また、「鉄道ファン」であることを武器として芸能界で生きて行こうとする人たちも現れた。その一人が、「鉄道アイドル」木村裕子である。(くわしくはインターネットでどうぞ。)
 「鉄道写真家」を職業にする人は40年前から存在しているし、「鉄道アナリスト」も福知山線脱線事故の報道番組で注目された。「鉄道旅行作家」も、宮脇俊三(故人)の登場で広く認識されるようになった。そして今や、前原国土交通大臣である。(前原氏には、鉄道に打撃を与える高速道路の無料化や長距離料金引き下げをぜひ撤回してもらいたいのだが。)

 鉄道会社の方針転換
  
                         岩泉線 岩手大川―浅内
 鉄道会社も、ここ10年以上前から、鉄道ファンを顧客として取り込むべく方針転換をしている。
 JR東日本では、東北地方のローカル線を、新幹線の利用客を増やすための「観光資源」と位置づけ、積極的にキャンペーンを続けている。五能線での「リゾートしらかみ」の成功を受け、各地にリゾート列車を増発し、首都圏でもローカル線の旅のキャンペーンを「手を変え品を変え」展開している。
 岩手県の北上山地を走る岩泉線は、民営化からまもなく、路線廃止も検討されたのだが、今では「悠久の時を刻む」究極のローカル線として、鉄道ファンだけでない、幅広い観光客を呼び込んでいる。
 このような方針転換はJR九州にも言えるのだが、東海、西日本の会社は残念ながら不採算ローカル線の廃止という旧来の姿勢を変えていないようだ。
 地方私鉄や第三セクター鉄道でも、鉄道ファンや観光客を呼び込もうと、様々な努力をしている。全国に知られる和歌山電鉄の「ネコ駅長」や「いちご電車」、津軽鉄道の「ストーブ列車」をはじめ、群馬県のわたらせ渓谷鉄道の「トロッコ列車」、三陸鉄道や秋田内陸縦貫鉄道の「お座敷車両」など、小さな鉄道が最大限の努力をしているのである。
          
              津軽鉄道で団体客向けに車内販売がある。
 鉄道会社の鉄道ファン
 信じがたいことだが、鉄道会社によっては、採用試験で鉄道ファンだと知られると合格できない、出世できないという常識が存在していた。実際、大学時代の「鉄道研究会」での活動を隠して試験を受けた(合格した)例も、ぼくは直接知っている。採用されたあとも、その人はひたすら自分の趣味を隠して勤務したそうである。
 別の会社の話では、「鉄道マニアは細かいところばかりつつくので視野が狭い」と公言した採用担当者もいたという。こんな会社は、自分で自分の首を絞めているようなものだ。
 たしかに、一部には困ったファンもいることは事実である。しかし、鉄道が好きだから鉄道会社に就職しようと考える若者には、これからの鉄道を変えてくれる可能性がある。特に小さな鉄道会社では、鉄道ファンの社員が会社の再生に向けてがんばっている事例がいくつもあるのだ。
 JR東日本でも、大卒キャリアの鉄道ファンの社員がファン向けのイベント列車を企画したとき、上司は客が集まるかどうか半信半疑だったそうだが、蓋を開けたら大成功で、その後のイベント列車の拡大のきっかけになったという話を聞いた。「鉄道ファンも使いよう」なのである。

 マスコミと鉄道ファン
 鉄道ファン層の広がりは、もちろんマスコミも認識していて、様々な特集記事を組んだり、「ユル鉄」向けの本を出版したりしている。
 しかし、事件を起こしてマスコミに登場する鉄道ファンもいることは事実である。とても「ファン」とは言えない行為なのだが、聞いた人、読んだ人に、鉄道ファン全体のイメージを植え付けてしまうので困る。
 最近では、関西本線で臨時列車を撮影しようとして線路内に立ち入り、急停車した運転士や駆けつけた警察官の指示にも従わなかった例が報道された。関西の「鉄」には札付きの人物が多いというのが関東の「鉄」の共通理解だが、消息筋では、事件になった要因は他にもあるとの見方である。

 鉄道趣味と地域運動の結合を
          
 茨城交通の廃止表明を受けて盛り上がった存続運動は、「ひたちなか海浜鉄道」として結実した。
 鉄道ファンにも人によって専門分野が細かく分かれている。最近の言葉では、「乗り鉄」、「撮り鉄」、「収集鉄」などと呼ばれているが、複数の分野にまたがって活動しているファンも多い。機関車などの保存活動に力を入れているファンは、ボランティアで清掃や補修などを行っている。
 最近は、地方のローカル鉄道の支援活動にかかわる鉄道ファンも少しずつ増えてきた。ぼくもその一人なのだが、この分野に参加する鉄道ファンがもっと増えてほしいと思っている。ローカル線の再生は、地域の再生なのである。
 物心つく前からの鉄道ファンであるぼくは、鉄道に育てられて大きくなったようなものだ。だから、自分を育ててくれた鉄道への恩返しをしなければと思っている。
 鉄道ファンは、鉄道の未来のためにもっと積極的に行動してほしい。そう願いながら、ぼくは活動を続けている。
   
                         秋田内陸縦貫鉄道 羽後中里―松葉

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