鉄道ウオッチングのすすめ10

  成田スカイアクセスの

           不思議


   
                スカイアクセス線を走る新型スカイライナー

 京成電鉄は、東京の大手私鉄の中で最も田舎の雰囲気を残している鉄道だと思う。
 今から40年以上前、茶色い常磐線の電車の窓から、日暮里でとなりのホームに停車していた、くすんだ青っぽい小さな電車を見た日。父と印旛沼へフナ釣りに出かけたときに降り立った京成酒々井駅の小さな佇まい……。

 成田空港へ乗り入れ
 その京成に転機が訪れたのは、三里塚闘争の原因となった、「新東京国際空港」の建設である。京成は、成田から空港へ新線を延ばし、開港にあわせた開業を目ざした。しかし、粘り強い闘争によって開港時期は大幅に遅れた。一方、国鉄の総武快速線や地下鉄東西線の開業で通勤客を奪われ、行き過ぎた投資もあって、1980年前後、京成は経営危機に陥った。当時のぼくは、「成田空港になんか乗り入れようとするからだ」と、冷たく突き放していた。
 その後、JRも成田空港に乗り入れて、「NEX(成田エクスプレス)」という専用特急をスカイライナーに対抗して走らせた。NEXはリムジンバスにも対抗して、大船や高尾、大宮方面からも成田空港へ直通運転されている。
 京成の「スカイライナー」はターミナル駅が上野・日暮里であるという不利はあるものの、値段ではNEX(東京から2,940円)よりもずっと安く(1,920円)、所要時間も、日暮里―成田空港間を61分(NEXは東京―成田空港間54分)で結んでいた。もっとも、時間がかかっても一番安いのは京成の一般の特急電車を利用することで、京成上野から成田空港まで1,000円で行くことができる。JRも、横須賀線からの直通の快速電車を成田空港まで走らせていて、車内には大きなトランクが目立っている。

 「成田スカイアクセス」
 そこへきて、京成電鉄の「成田スカイアクセス」が今年の7月17日に開業した。葛飾区の高砂から千葉ニュータウンへ延びていた北総鉄道の終点・印旛日本医大から成田空港までの新線が完成し、京成は満を持して、新線を高速で走る新型スカイライナーを投入、京成上野―成田空港間を44分で結び始めた。一方、JRも、京成のアクセス線開業を間近にした今年3月から、新型NEXを投入して京成に対抗している。
 開業から1ヶ月近くたった土曜日、ぼくは初めて「スカイアクセス線」のフィールドワークに出かけてみた。
 昼間の時間帯、京成上野駅からは成田空港行きの新型スカイライナーが40分間隔で発車している。そして乗車券だけで乗れる成田空港行きの特急は20分間隔だ。だが、特急は「京成本線経由」。つまり、船橋、津田沼、佐倉経由の、これまでと同じ経路である。この特急だと、成田空港へは新線を走るスカイライナーの2倍以上の時間がかかる。
 新線を走る成田空港行きの電車は、羽田空港から京急、都営地下鉄を直通して青砥で京成本線に合流、次の高砂から「スカイアクセス」に入り、成田空港へ向かう。この電車は「アクセス特急」と名付けられていて、高砂―成田空港間の所要時間は、京成本線経由が62分、「スカイアクセス」経由が49分だから、これはかなりのスピードアップである。
 高砂から成田空港までの距離は、「逆三角形」の下の2辺を通っていた京成本線よりも、まっすぐ空港へ延びる「アクセス線」のほうが5km短い。しかも、カーブの多い本線に比べて、高架とトンネルでカーブの少ない「アクセス線」は、スカイライナーで時速160km、アクセス特急も120km出すので、まったく快適である。

 高い運賃
   
 しかし、不思議なことがある。京成上野駅に掲げられた運賃表を見ると、同じ成田空港へ行くのに、本線経由だと1,000円なのに、「アクセス線」経由だと1,200円かかるのである。スカイライナーを使うと、さらに料金1,200円が加算される。距離が約5km短いのに運賃が高いのは、普通ではない。これは、「アクセス線」が京成ではなく「北総鉄道」という別会社の路線を経由しているからである。
 北総鉄道は1972年に「北総開発鉄道」として設立された、京成、住宅都市整備公団などによる第三セクターの鉄道である。建設費がかさんだために運賃がとても高く、住民に運賃値下げを求める裁判まで起こされたほどの高値なのである。たとえば高砂からこれまでの終点・印旛日本医大までは32.5kmで780円。高砂から京成本線の京成臼井までは33.0kmで、470円なのだから、北総鉄道の運賃はべらぼうである。
 
さて、高砂から「アクセス特急」に乗った。カーブも停車駅も少なくて快適である。印旛日本医大からの新線区間は、印旛沼を跨いで、真新しいコンクリート橋が遠くまで延びている。
 新線区間に一つだけの駅・成田湯川駅で降りてみた。通過線と待避線に分かれて待避線の外側にホームという、新幹線の途中駅と同じスタイルである。精悍なマスクの新型スカイライナーが、轟音とともに通過して行く。
 エスカレーターで降りて改札口を出る。ここまで1,130円である。そしてだだっ広い駅前を眺めてから駅の運賃表を見て、ぼくは思わず声を上げてしまった。 ここ成田湯川から成田空港まで、500円もかかる。そして、高砂方の隣駅である印旛日本医大へも、440円なのである。ぼくは改札を出てしまったことを後悔した。
   
  これは旧スカイライナー。京成本線経由の「シティライナー」として運行されている。

 ややこしい経営関係
 この「スカイアクセス線」には、ややこしい経営関係がある。京成高砂から途中の小室までは北総鉄道北総線だが、小室から印旛日本医大までは「千葉ニュータウン鉄道」という会社が施設の所有者となっている。そして印旛日本医大から成田空港までは、「成田高速鉄道アクセス」という会社が施設を持ち、京成電鉄が列車を運行している。まったくややこしい関係なのである。
 こんなややこしい関係になっている理由は、鉄道の建設に多額の資金が必要で、鉄道会社が独自に新線を建設することが難しいためだ。そして千葉県は成田空港やニュータウンへのアクセス線の運営を京成電鉄に求めてきた。京成も、開発を見込んで千葉線を延長する形で1992年に「千葉急行電鉄」千葉中央―ちはら台間を開業させたが、開発の頓挫と高い運賃の不評で債務超過になり、1998年に本体の京成電鉄が引き取って運行を続けている。
 成田空港は開港が遅れ、ニュータウンは思うように建設・入居が進まない。そして過剰な投資によって経営危機にもなった京成電鉄に、「成田スカイアクセス」はどんな未来をもたらすのだろうか。
                               (2010年7月 記)
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