オオクマ教諭の 八王子歳時記

 3年前、8年ぶりに八王子の小学校にもどったオオクマタカシ教諭は、学校現場でびっくりすることばかりなのにびっくり。そこで、びっくり具合をつれづれなるままに「歳時記」にしたためることにした。
 「歳時記」であるからには、俳句が必要である。しかし、オオクマ教諭には俳句の素養が乏しい。変な言葉の使い方があちこちに出てきそうだが、ご勘弁願いたい、とはオオクマ教諭の弁である。
 なお、オオクマ教諭の投稿には実話に基づいたフィクション部分がだいぶあると思われるので、読者の皆さんには気をつけて読んでいただきたいのである。
 以下に、新しい投稿を最初の部分に掲載していく。『オオクマ教諭の八王子歳時記』の主人公、「ぼく」とはオオクマ教諭のことであるので、ご注意いただきたい。
 なお、このページは他の「くまのたいら村」のページと同様、日本政府には秘密である。

  
          雪晴れに 奥多摩の山 近く見え
      通勤路である浅川の土手から。大岳山(右)と御前山です。


 熱帯夜 飲まず食わずで 検診へ
 どこの事業所でも、従業員の健康診断が義務付けられている。八王子市教育委員会でももちろん学校教職員の健康診断が設定されている。他の事業所と違うと思われるのは、それが夏休みの真ん中、8月中旬に行われるということだ。
 以前八王子にいたときには、職員の健康診断は6月ごろに、検診車が日程を決めて各学校を回って実施されていた。前任のあきる野市でも同じで、教員は決められた日に、授業の合間に検診を受けていた。その所要時間は、だいだい30分ほど。バリウムを飲んで胃のレントゲン検査を受けても、そのくらいの時間で終わっていた。検診の結果は夏休み前に通知されるので、異常があった人は夏休みの間に検査や治療にかかることができた。
 ところが、3年前に八王子に戻ってきたら、検診は夏休み中の8月だというのでびっくり。しかも、場所は広い市内の真ん中あたりの丘の上にある教育センターなのである。そして、学校ごとに指定された日があり(都合で変更は可能だが)、1日に小中合わせて20校ほどの教職員が教育センターで検診を受けるのだ。つまり、かつては各学校で分散実施していたのが、場所を固定した集中実施に変わったわけである。
 これは、市教委にとっては実に都合がよいと思う。まず、検診を委託する医療機関に支払う費用が削減されたと思われる。効率がこの方がよいのである。また、他の事業所と期間が重ならない(旧盆期間なので当然だろう)から、医療機関との調整も(費用も含めて)楽だろう。医療機関にしても、夏枯れの時期に仕事が入るわけだから、ありがたいに違いない。
 だが、問題はぼくたちである。


 








 7月10日 記
 
       蒸し風呂に 熱風起こす 扇風機

 小学校の教室にクーラーがないということを、知らない人が多いのではないか?
 裕福な自治体や、米軍基地の近くで防衛施設庁から資金が出ている学校などをのぞけば、公立の小中学校の教室にはクーラーがない。八王子のぼくの学校も、同じである。
 冬はストーブで暖をとることができても、夏の暑さには毎年ぐったりしてしまう。ぼくもぐったりするが、子どもたちもぐったりする。休み時間に校庭で遊んで帰ってきた子どもたちは、座席に着くなり下敷きをウチワにしてパタパタと扇ぐのだが、その顔からは汗がダラダラ、湯気が出そうな火照りである。
 学校にも、クーラーのついた部屋はある。ぼくの学校の場合、職員室と校長室、事務室、保健室、給食調理員室にはクーラーがついている。それだけである。
 ぼくの主要な仕事場は、職員室ではなく教室である。だから、ぼくの仕事のほとんどは、クーラーとは無縁なのである。そしてもちろん、教員はホワイトカラーではない。子どもの前で机に座っていては仕事にならない「現業労働者」なのである。だから、最高気温が30度を越える日は、汗びっしょりになる。今年は6月までは比較的涼しかったのでまだ楽だったが、最高気温が35度を超える猛暑の日は、学校全体が蒸し風呂のようになるのだ。ぼくの教室は3階だが、4階はさらに暑くなり、もう「がまん大会」の様相である。
 もちろん、この状況に市教委も手をこまねいているわけではない。数年前に、教室に新兵器が設置された。だが、それはクーラーではなく扇風機なのである。「ないよりまし」な扇風機だが、これも猛暑の日には熱風を起こすだけなので、とてもクールダウンには程遠い。そこで学校では最近、家庭からの水筒持参を認めている。もちろん、冷たい水を入れてくるためのものだ。
 ぼくの前任校(あきる野市)も、教室にはクーラーはなかったが、音楽室と図書室には、ぼくが赴任してまもなく、エアコンが設置された。ぼくは当時、音楽専科と図書担当だったので、これには快哉を叫んだものである。暑い日は朝から図書室のクーラーを27度設定にしておく。(このくらいが涼しすぎずにちょうどよい。)すると、2時間目が終わった休み時間には、何と、図書室は子どもたちで満員になり、静寂の中で椅子に座れない子どもは本棚に寄りかかって立ち読みをしているという、図書担当者としては涙が出そうな、うれしい状況になったのである。
 しかし、八王子市の今の学校の図書室には、クーラーがない。図書室は1階なので、3階よりは多少温度が低いという程度なので、「満員の図書室」は夢のその先である。
 八王子市は、「読書のまち八王子」というフレーズをあちこちで宣伝しているのだが、学校の図書予算はあきる野市よりもずっと少ないし、図書室にクーラーもない。今の学校でも図書室を担当しているぼくは、「読書のまち八王子」というフレーズを見る度に、「ウソつけ!」と叫んでいるのである。


   6月26日 記
  
     窓越しの 梅雨の晴れ間に みどり濃く

 汚い窓は、やはり気になる。どうやったらきれいになるだろうと思っていたら、突然「新兵器」が現れた。
 いや、「現れた」のではなく、ずっとぼくの自宅にあったのだ。どこかのパーティーのビンゴの景品か、仲間のバザーの残り物か、まったくいつからあったのか不明なのだが、「ZATZ(ザッツ)両面ガラスクリーナー」という、磁石式の磨き器の箱が部屋の棚に載っていたのである。
 箱から出してみると、半月形の小型のコテが磁石で2つ引っ付いていて、片方のコテには電話の受話器についているようなバネ状のコードの先にリストバンドの輪がある。なるほど、これは落下防止の「命綱」である。窓ガラスを両方のコテで挟んで、フェルトのパッドとゴムで汚れを落としながら移動させて行くというアイディア商品だ。これはまさに天佑である。
 そこでさっそく翌日、学校に持って行き、放課後に教室の窓で実験してみた。バケツに少し水を入れ、窓の内側の掃除のためにおいてある霧吹き洗剤を「シュッシュッ」と加えて、コテのパッドを浸してから窓に吸い付ける。最初は少し動かす度にコテが外れてしまい、窓の外側に「ブラーン」と垂れてしまったが、それでも、積年の汚れが落ちるということだけは確認できた。
 子どもの前でこの作業をするのは危険(「やらせて、やらせて」と騒ぐから)なので、放課後に少しずつ作業を行い、もちろん業者の掃除よりは大幅にアラが目立つものの、窓ガラスに今までまったくなかった透明感が現出した。ああ、何というスグレモノ。ぼくはこの器具を、学校の水槽のガラスに張り付いて掃除をしてくれるタニシにあやかって、「スーパー・タニシくん」と命名したのである。

 3月7日 
      
        冬日差し 窓の汚れが 模様描く

 八王子の学校の窓は、きたない。ぼくの教室の窓ガラスを、内側からクリンビューで磨いても、汚れが白く浮き出ている。
 3年前に赴任してきたときは、この学校が30年ほど前の新設校ラッシュのときにできたために、窓ガラスの質が悪いのだろうと思っていた。
 でも、そうではなかった。八王子市教育委員会は、数年前から、窓ガラスの清掃を業者に委託するのを、財政難を理由に止めているのである。
 窓ガラスには、内側もあれば外側もある。内側は職員の努力で磨けるが、外側はそうはいかない。4階建ての校舎の窓の外側を磨くのは、命がけなのである。労働安全衛生上、専門の会社による、命綱を使った作業でなければだめなのである。
 校長会でも教職員組合でも、窓ガラス清掃の予算復活を市教委に求めているのだが、市教委は要求にこたえてくれないのだ。
「誰かが作業して、落ちて死んだら、きっとすぐに予算をつけるだろうね。」
と、ぼくは職員室で放言している。
 秋田内陸縦貫鉄道の車両の窓磨きを何度も行ってきたぼくは、学校の窓の汚さが我慢できない。去年の教室には、半分だけ、避難用のベランダがあったので、ぼくは外側から自分で窓磨きをしたのだが、今年の教室の窓の外は、10m下の花壇なので、外側は磨けないのである。
 かくして、汚れのこびりついた窓は、今もそのままなのである。


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