魔の金曜日
 「オーイ、みやげだぞオ!」
 金曜日の午後4時過ぎ、出張からもどったウワジマ校長が、大きなレジ袋を職員室の机の上に置いた。職員室に居合わせた教員たちが振り向くと、ハンバーガーの匂いがみんなの鼻を刺激した。
 「ありがとうございます。」
 「色々あるから、選んでね。」
 ウワジマ校長は、袋を置いて校長室にもどって行った。
 オオクマが袋の中を見ると、Mバーガーの小さな包みが10個以上入っている。フライドポテトもある。
 「いただきまーす。」
 こういう場面では、オオクマの行動が一番早い。オオクマが席にもどろうとすると、他の教員も
やってきて、一つずつ包みをとりだした。
 「お茶を入れましょうね。」
 コナカノが急須のお茶っ葉を入れ替え、ポットの湯をたっぷり入れた。

 ウワジマ校長は、学校行事の前でみんなが忙しいときなどに、職員室によく差し入れを持ってくる。自宅の菜園で採れたトマトだったり、スーパーで買ってきたウーロン茶のペットボトルだったり、きょうのようなハンバーガーだったり。だが、きょうは出張で出かけた教員が多いので、ハンバーガーの引き取り手が少ない。一番よく食べるフクブも出かけている。
 「こまったな、だいぶ余っちゃうよ。」
 オオクマが2つ目をかじりながら、みんなを見回した。みんなといっても、きょうのこの時間は職員室に4人しかいない。
 「放送で呼びましょうか。」
 コナカノがマイクに向かうと、マツエが大きな首を伸ばして言った。
 「コナカノさん、『ハンバーガーがあります』なんて放送しないでくださいよ。」
 「アタリマエですよ、アタシはイヨさんとちがいますからネー。」
 とたんに、ハンバーガーをかじっていたイヨ教諭が、プッと噴き出した。
 「ちよっとォ、私は、『コーヒーが入りました』って放送しただけじゃないの!」
 「でも、校庭の向こうの土手を歩いていた人が、こっちを向いて笑ってましたよ、あのとき。」
 そしてマツエは平然と続けた。
 「イヨ先生、口の周りにソースがついてますよ。」
 みんなは大声で笑ってしまった。イヨ教諭は慌てて口の周りを指でぬぐいながら、顔を真っ赤にして笑いをこらえていた。

 「先生方、お手すきになりましたら職員室へおもどりください。」
 コナカノが放送して少したつと、教室で仕事をしていた教員たちがポツポツ職員室にもどってきた。
 「何があるんですか?」
 呼ばれた理由がなんとなくわかっているカキザキ教諭は、ハンバーガーを見つけて、
 「ワオッ!」と手を叩いた。
 「私、きょうの給食、お替りできなかったんですよ。おなかがすいてきたから、ちょうどよかったわ。校長先生でしょ、これ。」
 「よくわかりますね。」
とオオクマが言うと、カキザキはニコッと笑った。
 「だって、Mバーガーなんだもん。私、ほんとはSバーガーのほうが好きなんだけど、校長先生って、『質より量』の方ですもんね。」
「ぼくもSバーガーの方が好きですよ。今度、校長先生に、『Sバーガーにしてください』って頼んでみましょうか。」
 オオクマが言うと、マツエが慌てて止めた。
 「やめてくださいよ、もう買ってきてもらえなくなりますよ。だいたいオオクマさん、2個も食べててそんなこと言ったら、バチが当たりますよ。」
 「そりゃそうだ。」

 「オーイ、どうしたい? 事件でも起きたかい?」
 生活指導主任のヨネシロ教諭が職員室にもどってきた。
 「ハンバーガーですよ、ヨネシロ先生。」
 コナカノがまだ残っているMバーガーの包みをヨネシロに差し出すと、ヨネシロは手と首を同時に振った。
 「いやいや、オレはもうトシだから、油っこいものはダメだ。あとは麦のジュースを待つだけだよ。そうだ、きょう、一杯やるかい?」
 ヨネシロが右手でジョッキを握るまねをすると、マツエとオオクマがすぐに反応した。
 「行きましょう!」
 「行きますか。」
 「ヨシッ、行こう。どうせきょうは金曜日だから、遅くまで残っていたって、ロクなことないぞ、皆の衆。」
 「そうか、きょうは魔の金曜日だ! アタシも早く帰ろう。」
 ひばりが原小学校では、このところ、金曜日の夕方になると、よく事件が起きる。
 先週の金曜日には、通学路の人家の塀にチョークで落書きをした子がいて、その家の住人から学校に苦情の電話がきたのだ。それが午後5時半ごろ。勤務時間は5時までなのだが、残って仕事をしている職員も結構いる。その日はヨネシロ教諭が残っていたので、校長といっしょに現場を見に行き、居合わせた子に聞いて、犯人が特定された。学校に戻ったヨネシロは、その「犯人」の家に電話をして、母親に事情を話し、母親が子どもを問いただしたら、やったことを認めた。そこで、「犯人」である子どもとその母親、ヨネシロの3人で現場を確かめに行き、翌日に親子で書いた線を消すことになって、一件落着した。このとき時刻は午後7時を過ぎていた。
 その前の週の金曜日には、落雷事件が起きた。午後6時半ごろ、激しい雷雨がひばりが原小学校周辺を襲った。そして、落雷の一発が学校の避雷針に落ちたらしい。「バーン!」という音と光が同時に炸裂し、停電。そのときまだ残っていたフクブとヒライ教頭は、悲鳴を上げた少しあとで、学校の周りの家の様子を見たら、周りの家には明かりがついている。停電は学校だけだったのだ。二人は配電盤を確認したが、ブレーカーが落ちていて、焦げ臭い匂いがする。ヒライ教頭は電力会社に電話しようとしたが、電話も通じないので、自分の携帯電話で連絡して救援を頼み、復旧したのは午後9時過ぎ。大変な金曜日の夜だったのである。
 またその前の金曜日の午後6時ごろには、ミニバイクの校庭侵入事件があった。といっても、走り回ったわけではなく、卒業生たちが校庭の真ん中にミニバイクを乗り入れて停めたのだが、最初に対応した教員が卒業生の顔を知らない若手だったので話がこじれてしまったのだ。このときはオオクマが出て行って間に入り、事なきを得た。
 そんなわけで、ひばりが原小にとって、金曜日は「花金」ではなく「魔金」なのである。

 「ヨシッ、5時だ、行くぞォ!」
 ヨネシロの掛け声で、オオクマとマツエが立ち上がった。
 「アタシは飲まないけど、もう帰るわ。」
 イヨとコナカノも席を立った。
 「教頭さん、いっしょに行くべェよ。」
 ヨネシロがヒライに声をかけたが、ヒライは、「ウーン、行く、けど、あと1時間かかるのよ、今日の仕事……」と、悲痛な声を上げた。
 帰るみんなは校長室のウワジマに、「帰りますよーっ!ごちそうさま!」声をかけて、玄関に向かう。、ドクターストップで酒が飲めないウワジマは、苦笑いをしながら「オゥ、ご苦労さん!」と大きな声を出した。
 飲ん兵衛仲間は駅前の居酒屋に向かった。「魔金」の厄落としが、これから始まるのだ。

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