伊豆沼バスバスターズ ルアーで釣り上げられ、駆除されたブラックバス。 |
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水面下の闘い 2004年、特定外来生物被害防止法が施行され、翌2005年に、特定外来生物第1次指定種の中にオオクチバス、コクチバス、そしてブルーギルが入り、輸入や飼育などに法律の規制がかけられた。また、自治体に対しては、それらの生物の防除に努めることが義務づけられた。 この「指定」をめぐっては、バス釣り団体や釣り業界による組織的な反対運動が展開され、一時はバスがリストに載らないことが心配されたが、当時の小池百合子環境大臣の「鶴の一声」で指定にこぎつけたといういきさつがある。 法律的にはブラックバス(オオクチバス、コクチバス)やブルーギルに対する評価は定まったのだが、法律だけではバスの駆除はできない。何しろバスはすでに日本各地の河川や湖沼に生息しているのだ。さらに、法律に違反してでもバスを拡散させようとする悪意のヒトも存在するのである。 バスを放流する悪意の人間が「存在する」とぼくが断定する根拠は、ぼくが以前勤務していた小学校が管理する河川敷の池で突然バスの未成魚が大量に発見され、同時に、「釣具屋でここにバスがいる聞いた」という中学生たちがルアー釣りにやって来たという事実からである。このことは別のページに書くことにして、伊豆沼の話である。 伊豆沼は宮城県北部の仙北平野にある平地の沼で、となりの内沼と合わせて面積は約4平方キロメートル。水深は浅く、水草が茂り、渡り鳥の生息地としてラムサール条約にも登録されている湿地である。夏はハスの花、冬はハクチョウを見に来る人が多い。東北本線が沼の東側を走り、沼に一番近い新田駅からは歩いて10分ほどで行くことができる。 伊豆沼には淡水魚が多く、1995年までは年間30トンほどの漁獲量があった。ところが、このころからブラックバス(オオクチバス)が増殖し、在来魚の漁獲量はそれまでの3分の一にまで落ち込んでしまった。中でも、特産だったゼニタナゴはほとんどその姿を消し、生態系の破壊が大きな問題になった。 そこで宮城県内水面水産試験場や、宮城県伊豆沼内沼環境保全財団では、地元の人たちの協力を得て、大掛かりなブラックバス駆除作戦を開始した。その取り組みは全国各地でバス駆除に取り組む人たちの一つの先進モデルになっている。 人工産卵床 水面下に生息するブラックバスを駆除するのは、容易なことではない。「不可能だ」と言うヒト(これはバス容認派がよく言う)もいる。だが、みすみす日本の在来魚たちが餌食になっていくのを見過ごすわけにはいかない。研究者たちは今、必死になって有効な駆除方法を模索している。 農業用のため池などの閉鎖水域の場合は、「池干し」という手段がある。池の水を抜いて魚を捕まえ、在来魚だけ池にもどし、ブラックバスやブルーギルなどの外来魚(アメリカザリガニも)を駆除してしまうのである。(そもそもため池にバスがいるということは、誰かが密放流したということなのだ。) しかし、河川や自然の湖沼ではそうはいかない。そこで、釣った外来魚を再放流してはいけないという条例を制定している自治体が多くなっているが、バス釣りのヒトはほとんど条例を守らないとのことなので、初めから駆除を目的とした釣り大会を、宣伝効果も含めて開催しているケースも多い。先に書いた琵琶湖がその代表と言える。もちろん、漁師の網漁による継続的な駆除がベースである。 また、オスの成魚を捕獲して「パイプカット」で生殖能力を絶ち、それを放流して産卵行動をさせるなどの研究も行われている。だが、これは数が大幅に減ったあとの「最後の詰め」に有効だと考えられている。 伊豆沼では、「人工産卵床」方式を開発し、少しずつ成果を挙げている。これは、ブラックバスの産卵に適した浅瀬の砂礫底に人工産卵床を設置し、そこに卵を産ませて産卵床ごと丘に引き上げて排除してしまうというものだ。 これが「人工産卵床」。 伊豆沼サンクチュアリセンターにて。 2008.6.1 人工産卵床は伊豆沼の南岸の岸近くに数百基が設置されている。だが、この人工産卵床に生みつけられたバスの卵を駆除するのは、すべて手作業である。このために、「伊豆沼バスバスターズ」という団体が作られ、ボランティアを募って、毎年4月から7月にかけての産卵期前後に作業を続けているのだ。バスの卵は産みつけられてから3、4日で孵化するために、産卵床の確認は週2回しなければならない。もちろん、沼に浸かっての作業である。 この作業を効率的に行うために、人工産卵床には産卵行動があれば一目で分かるようなウキがついている。その日の参加者が少なければ、ウキが浮上している産卵床だけを引き上げて確かめればよい。また、引き上げなくても産卵の有無を確かめられるような「のぞきめがね」も考案されている。 伊豆沼バスバスターズに参加! 2008年6月1日、ぼくは初めて「伊豆沼バスバスターズ」に参加した。以前からの知り合いの福島県のIさんといっしょに、午前8時ごろに伊豆沼内沼サンクチュアリセンターに到着。研究員の人たちとあいさつをして、研究室を見せていただく。メダカやゼニタナゴ、タモロコなどの水槽を眺めながら、「タモロコのほうがモツゴよりおいしいですよね」などと歓談。 8時半過ぎには、大学生や高校生も引率の教官といっしょにゾロゾロとやってきた。これもひとつの実習になるようだ。 9時、全体で打ち合わせをしてから産卵床の設置場所に移動する。去年お世話になった「シナイモツゴ郷の会」の人たちも来て、総勢50人くらいだろうか。 ウェーダー(胴長)を履いて、水の中に入って行く。この日は雨のあとでだいぶ水位が高い。「小さい人は浅いほうを歩いてね」と声がかかる。ぼくはふつう目なのだが、みずはヘソあたりまで来る。ウェーダーを履くのは初めてではないが、こんな深いところに入るのは初めてだ。下半身が水圧で締め付けられて細くなる。 この日は参加者が多いので、全部の産卵床を確認することになった。初めは後ろからついていったぼくも、そのうちに自分から産卵性の目印の支柱を目ざして積極的に水中歩行するようになった。ただ、気温・水温が低いために、ほとんど産卵はなく、いくつかの産卵床で黄色く小さな卵が発見されただけだった。
Iさんが腹立たしげに言う。人工産卵床が動かされていたり、位置を変えられているのだ。多くはバス釣りのヒトの仕業だと言う。彼らにとっては、せめてもの抵抗の印なのかもしれない。しかし、バスを放流するのは簡単でも、駆除することは大変な労苦なのだ。 人工産卵床の設置区域を含めた伊豆沼全体が、沼の中への立入を禁止している。それなのにウェーダーを履いて水に入ってバス釣りをし、人口産卵床を動かしたり破壊したりするヒトがいると言う。警察に被害届けを出しているが、犯人は捕まらないとのこと。もう、確信犯だろう。 ぼくたちが沼の中を移動しているときも、数人のバス釣りが岸にいたが、ぼくたちの姿を見ると、そそくさと立ち去ろうとする。Iさんは彼らに近寄り、ていねいに話をするが、「看板は見なかった」「知らなかった」と言うのだそうだ。あんなに目立つ看板があちこちにあるのだから、まったく白々しいのだが、これが日本の釣りをめぐる現実である。 この看板が岸のあちこちに立てられている。 一つ一つ引き上げて、卵の有無を確認する作業。 だが、ぼくたちの味方をしてくれるバス釣り人も、ほんの少しだが、いる。この日も、集合地点に、内沼で作業をしていた人たちが大きなバスを何尾も持ってきていた。いつも協力してくれるバス釣りの人が今日もいて、釣ったバスをリリースせずに渡してくれるのだそうだ。(このページのトップ画像。)その人いわく、「私はバス釣りが好きだが、伊豆沼にバスがいるのは異常だ」とのこと。こうした人がもっともっと増えてほしいと思う。自分の培った「バス釣り」技術を社会のために使ってほしい。ぼくだって、琵琶湖ではブルーギルをせっせと釣っているのだ。 稚魚の捕獲作業 午前中で産卵床の確認作業は終わり、基地になっているサンクチュアリセンターにもどって昼食を食べた。センターの2階に食堂があり、バスバスターズの日は人数がまとまるので「ランチ・バイキング」を提供してくれる。地元の食材をふんだんに使ったバイキングで腹を満たしたあと、ぼくはIさんの車で水田魚道の見学に出かけた。 「水田魚道」とは、落差のある田んぼと用水路の間に設置する魚道のこと。かつては田んぼと水路の落差があまりなかったので、多くの魚が田んぼに入り込むことができたのだが、圃場整備で水路と田んぼの落差が大きくなり、魚の行き来が遮断されてしまっているのだ。 田んぼは水深が浅く、水温が上昇するために、魚たちにとっては格好の産卵場所になる。日本の在来の淡水魚の中には、田んぼを生活史に組み入れているものが結構いる。たとえばナマズ。雨で増水した夜中に水路から田んぼに上って産卵を行い、夜明け前に再び水路にもどる行動が確認されている。メダカやフナなどにとっても、田んぼは「ゆりかご」なのである。 伊豆沼近くの田んぼに、いくつかの魚道が設置されている。魚道といってもダムの魚道のような大がかりなものではない。合成樹脂製の管やU字溝に手を加えて、水路と田んぼの間に斜めに設置してあるだけのものだが、岩手大学の調査では効果は抜群とのこと。この日は実際に稼動はしていなかったが、そのしくみは実物で確かめることができた。 手前が管状のもの、向こうがU字溝の水田魚道。 2008.6.1 ここの田んぼの持ち主は「シナイモツゴ郷の会」の会員。様々な装置を考え出している人だそうである。 水田魚道を見てからサンクチュアリセンターにもどると、午後は大学生や高校生たちが内沼に稚魚の捕獲に出かけたとのこと。そこで再びウェーダーを履いて内沼へ向かう。ちょうど持ち合わせていた双眼鏡で作業現場を確認して、土手の細い道を入り、水の中に入った。 内沼は伊豆沼よりも産卵が早い傾向があるそうで、この日も参加メンバーはサデ網でたくさんの稚魚を捕獲していた。伊豆沼でも、もちろん人工産卵床以外に産卵するバスはたくさんいるので、まもなく稚魚すくいの作業も始まるとのこと。 岸辺にはヨシが茂り、そのヨシの間にも稚魚がたくさん泳いでいるのだが、研究員の話では、バスの稚魚はこの時期まだヨシの間には入れないそうで、在来魚のタモロコやタナゴ類の稚魚らしい。ぼくはうれしくなって、ヨシの間を泳ぐ小さな仲間たちの姿を確かめては歓声を上げていた。 内沼でのバス稚魚の捕獲作業。 2008.6.1 これがブラックバスの稚魚。この時期はまだ産卵床の近くの底にいるが、やがて浮上して群れで遊泳する。 ブラックバスは卵から孵化して数日は遊泳力がないので産卵床付近の底に集まり、少したつと浮上して群れで泳ぎ始める。その、群れで泳いでいる間にできるだけ捕獲することが重要だ。だから、作業は時間との闘いでもある。 ぼくの横で網を入れていた大学生の足に、突然何かがぶつかった。彼が悲鳴を上げると、 「産卵床を守っていたバスが侵入者に怒って体当たりしたんだ。」 と研究員が言った。そして、 「また来るぞ。」 顔をゆがめた大学生の腕に、今度は水しぶきを上げてバスが体当たりをしてきた。大学生は恐怖の顔になった。 それはそうだろう。相手は目に見えないのだ。場慣れしている人には当然のことでも、初めての参加者には大変な驚きである。 ブラックバスは、産卵したあともその周囲にいて侵入者に卵を食べられないように守り、確実な孵化を手助けする。まったく敵ながら天晴れ(なんて言いたくないが)な魚である。アメリカ大陸ではそれによって種を維持しているのだが、日本ではそれが爆発的な増殖をもたらしているのだ。ぼくは改めてバスが日本にいることの恐ろしさを身にしみた。 Iさんはぼくに言った。 「バスのイメージって、大きなバスが在来魚を飲み込むシーンですよね。でも、バスの稚魚はたくさんの在来魚の稚魚を餌食にするんです。だから、バスの稚魚をこうやってすくい取ることが大事なんですよ。」 人工産卵床の設置と稚魚の捕獲という「伊豆沼方式」は、有効な方法として各地に広がり始めている。もっともっと、こうした取り組みが広がってほしい。ぼくは気持ちを新たにして、青空が広がり始めた沼の畔をあとにした。 「田んぼの水路でフナを釣る」のトップにもどる ホームページのトップにもどる |