寝台特急は「絶滅危惧種」

  
 ブルートレイン全盛期の「はやぶさ」。 1985.3.10 東海道本線函南―三島
 「富士・はやぶさ」の廃止
 3月14日のダイヤ改正で東海道・山陽・九州を結ぶ寝台特急(いわゆる「ブルートレイン」)が全廃となり、新聞記事やテレビのニュースにも大きく取り上げられた。
 今回廃止されたのは、東京と熊本、大分を結んでいた「はやぶさ・富士」で、かつては「さくら」や「あさかぜ」、「みずほ」とともに夕方近くの東京駅から次々に発車していた花形列車である。仲間たちはすでに先立って廃止され、「はやぶさ」と「富士」の2本の列車が併結されて1本の特急として東海道・山陽本線を走っていた。

 廃止の理由は他にもある
 所要時間の長さと、自動車(高速バス)や飛行機に客を奪われての廃止、というのが表向きの理由だが、実は廃止の理由は他にもある。
 今回廃止された「はやぶさ・富士」は、電気機関車が寝台客車をけん引する列車で、客車の色から「ブルートレイン」と呼ばれていたタイプである。この「ブルートレイン」は東海道・山陽本線から消えたのだが、「寝台特急」はまだ残っている。東京と四国・高松、山陰の出雲市を結ぶ「サンライズ瀬戸・出雲」がそれだ。
 「サンライズ瀬戸・出雲」は1998年に登場した寝台電車特急である。この列車には廃止予定はなく、今も毎夜、東海道・山陽本線を走り続けている。
 この「はやぶさ・富士」と「サンライズ瀬戸・出雲」の違いの第一は、行先。九州と、四国、山陰である。「はやぶさ」は東京―熊本を18時間近くかけていた。「サンライズ瀬戸」は高松まで9時間半、出雲市までは12時間で着く。寝台特急の運賃・料金は通常の航空運賃よりも安いので、「夜に出発、朝到着」ならビジネスでの利用価値は十分にある。だが、九州へは時間がかかりすぎた。
 だが、東京―大阪間を結んでいた寝台急行「銀河」は、その利用価値にもかかわらず、1年前に廃止されている。これには別の理由がある。

 機関車運転士がいなくなる
 電気機関車が引く客車列車を運転するのは、電気機関車の運転資格を持つ運転士である。ところが、JR各社が走らせている旅客列車の多くは電車、または気動車(ディーゼルカー)に替わっていて、今や機関車が客車を引く列車は寝台特急とごく少ないイベント・団体用の列車だけになっている。だから、かつては「機関士」と呼ばれた機関車運転士の必要数は少なく、中でもJR東海では電気機関車運転士の養成をしていない。だから、数年後には東海会社の区間(熱海―米原)の客車列車を運転できる運転士がいなくなってしまうのである。国鉄時代は機関士が客車も貨物列車も運転していたが、分割民営化によって貨物が別会社にされたため、このような事態になった。
 また、JR東海は寝台特急を通過させるだけで自らの販売利益にはつながらないこともあって、寝台特急にはまったく冷淡だとのことである。さらに、東日本、東海、西日本、九州の4社にまたがる列車には、ダイヤの調整、車両や乗務員の運用、収入や線路使用料などの配分など、面倒が多い。分割民営化の弊害はここにも出ているのだ。

 豪華列車は大人気
 一方、ビジネス客ではなく観光旅行客を相手にした豪華寝台特急は、高い利用率を維持している。JR東日本の「カシオペア」、西日本の「トワイライト・エキスプレス」がそれだ。「カシオペア」は上野から札幌へ、「トワイライト」は大阪から日本海縦貫線を経由して、やはり札幌へと向かう。これらの列車をけん引するために、両社は機関車運転士の養成を続け、老朽化した現在の機関車に替わる新型機関車の導入も発表されている。
 一方、今も走っている通常タイプの寝台特急は、上野―札幌間の「北斗星」、上野―青森間(羽越、奥羽本線経由)の「あけぼの」、上野―金沢間の「北陸」、そして大阪―青森間の「日本海」の4往復だが、いずれも安泰とは言えない。

 「あけぼの」の寝台車
 「あけぼの」は、上野発21時15分(以前は21時45分だった)。上越線、羽越本線、奥羽本線を経由して、青森まで走る。青森までの所要時間は12時間41分。しかし、鶴岡、酒田などの山形県庄内地方の駅や、秋田県内の主要駅に小まめに停車し、しかも飛行機の最終便より遅く発車して始発便より早く着くので、利用客はそれなりに多い。
 ぼくも、「あけぼの」をときどき利用する。たしかに便利な列車だが、改善が必要な課題も見える。
 「あけぼの」は、8両編成。昔に比べると編成は短い。8両のうち3両が、一般型のB寝台車。「開放型」とも言われ、上下2段のベッドが向かい合い、4人が一組の、男女混合のドアのないコンパートメント。カーテンだけが他の客との仕切りである。
 この「開放型」寝台の、シーツや浴衣などのリネン類を省略した割安の「ゴロンとシート」が2両。うち1両は女性専用車だ。
 座席のグリーン車にあたるA寝台車が1両。これはスペースの広い個室の「シングル・デラックス」。
 残りの2両が、個室型B寝台「ソロ」。まったく狭いのだが、鍵のかかる個室で料金は開放型と同じなので、「あけぼの」の切符は「ソロ」から先に売れて行く。
 寝台特急の利用者減は、所要時間の長さと開放型寝台、それに高い料金も原因になっていると言えよう。
        
    「ソロ」の上段。狭い狭い、でも楽しい我が家。 2008.10.29
    
   「ソロ」の下段では、2人でなんとか宴会ができる。 2008.10.29

 「あけぼの」は割安料金で乗れる
 秋田内陸縦貫鉄道の支援活動をしているぼくは、秋田新幹線「こまち」を頻繁に利用する。ぼくが「あけぼの」に乗るのは、朝のうちに現地に着く必要があるときだが、個室の存在と割安料金の設定がありがたい。
 寝台特急に乗るには、乗車券、特急券、そして寝台券が必要だ。上野から秋田までの正規の切符だと、片道18,160円かかる。「こまち」では16,610円である。「あけぼの」で行って「こまち」で帰ると、3万5千円近くにもなる。
 ところが、東京―秋田間は飛行機とシェアを奪い合っているので、割引のフリーきっぷがある。「秋田大館フリーきっぷ」は往復・特急込みで28,100円。しかも、「あけぼの」の寝台もこの切符で利用できるのだ。
 もっとも、週末や連休、「大人の休日倶楽部会員パス」利用期間は、「あけぼの」の個室は早くに売切れてしまうのだが。
   
    「ソロ」上段の朝の窓。眺望は上段が抜群。 
                2008.10.30 奥羽本線前山―鷹ノ巣


 今後の寝台特急は
  
 大阪と青森を結ぶ寝台特急「日本海」には個室はついていない。すべて開放型の寝台車である。   2006.3.27 奥羽本線 大館
  この「B個室」はビジネス客にはたいへんありがたいもので、先にあげた「サンライズ」はB個室が主体の編成である。グループ、団体客には「開放型」が便利な面もあるが、今後の寝台特急は個室主体に転換すべきだと思う。
 「はやぶさ・富士」の寝台車もそうだったが、今も走っている寝台車の多くは国鉄時代に造られたもので、老朽化がすすんでいる。今後の生き残り策としては、個室化、電車化、そして料金値下げが必要だと思うのだが、新しい寝台車を造る話は聞かない。製造費用に比べて利用者の動向がどうなるのか、また、運行すること自体が長続きするのか、見通しが立たないためだろう。「あけぼの」も、2010年度に予定されている東北新幹線青森開業後も生き残れるかどうか分からない。

 もはや「絶滅危惧種」となった客車寝台特急「ブルートレイン」。読者の皆さん、一度「あけぼの」に乗られてはいかがだろうか。もちろん、秋田内陸縦貫鉄道へも足を伸ばしてください。


 「鉄道ウオッチングのすすめ」のトップにもどる
 
ホームページのトップにもどる