進化?退化? 通勤電車の座席 
 前章で、地下鉄副都心線を走る東京メトロ10000系のひどい座席について書いたが、今回は歴史的に通勤電車の座席を考察してみることにする。

 ロングシート、クロスシート
 通勤電車の多くは、座席がレールの方向に沿って並んでいる。これを「ロングシート」と呼ぶ。新幹線や特急電車のように、座席がレールと垂直方向に並ぶのが、「クロスシート」。また、ロングシートとクロスシートが組み合わさったものは「セミクロスシート」と呼ばれている。
 「クロスシート」の中で、4人が向かい合わせに座る形は「ボックスシート」と言い、クロスシートの向きが乗客の手動操作、または乗務員が電動で転換できるものを、「転換クロスシート」と言う。ここでは、東京近郊の通勤電車の主流であるロングシートについて考察する。

 国電の座席
 
 1960年代は茶色い国電が主力だった。70年代も残っていた横浜線の72系。

 国鉄・JRの電車の1両の長さは20メートル。通勤電車は、側面にドアが4つある。座席は、ドアとドアの間が7人掛け、車端部は3人掛けがふつうだ。だが、同じ配置の座席でも、座り心地も居心地も千差万別である。
 1960年代にはまだ多かった、茶色の電車(72系)を覚えている人も多いだろう。シートは固めのスプリングで、一人ひとりのスペースは見てもわからなかった。
 1970年代に主流になった101系、103系では、シートが柔らかくなった。座席とドア横の仕切りは、茶色い電車では肘をおけるだけのものだったが、網棚に向かって直立する棒(スタンション・ポール)ができ、立ち客がつかまれるようになり、座席の客が肘をおくのも楽になった。

 座り方のススメから強制へ
     
       201系の座席。現在は1人分ごとに背もたれに控えめな印が。
 1979年に中央線に登場した201系では、当初は7人掛けシートの真ん中部分が色分けされ、7人掛けであることをさりげなくアピールするようになった。このころ、駅のベンチがそれまでの「長椅子」から、一人ずつの座席が分かれた「一尻形ベンチ」(命名は私)に変わってきた。
 ベンチの「一尻形」を電車のシートに用いたのが、「バケットシート」と呼ばれる、尻の窪みのついたシートである。JR・私鉄を問わず、現在はこのタイプのシートがずいぶん多くなった。バケットシートは乗客に、座る位置と姿勢を強制するもので、ラッシュ時などに座席定員通りに着席させる効果はあるものの、空いているときに体を斜めにしてゆったりすることができない。いや、しようと思えばできるのだが、尻にシートの山が当たるのですわり心地が極端に悪いのである。

 スタンション・ポール
    
 231系の座席。シートが硬い。シートにスタンション・ポール、ドア横に樹脂製の大きな仕切りが。

 バケットシートに続いて座席の座りかたを強制するようになったのが、座席につけられたスタンション・ポールである。かつてはドア横の立ち客との仕切りとしてあったものが、京浜東北線に1993年から投入された209系(この連載の初回でも登場)から、7人掛けを2人・3人・2人に分割する手段として登場した。立ち客には手すりが増えて便利になったと言えるが、座る客には障害物で、ぼくは最初に登場した209系電車で、このポールに頭をぶつけて腹を立てた記憶がある。 座席のスタンション・ポールは、機能的ではあっても、車内が狭く感じられて、ぼくはきらいだ。ただ、中央線快速電車のE233系ではポールの形が湾曲したものになり、座席の客への圧迫感はだいぶ改善されている。
 また、座席の端とドア横の立ち客とを仕切る樹脂製の板が、やはり209系から登場している。この板は、立ち客と座席の客をしっかり仕切るためとのことだが、頭をつけて寝ることができる半面、肘を掛けることができなくなった。

 シートの硬さ、高さ
 209系では、座席のクッションがなくなり、ただのウレタン樹脂張りになったため、勢いよく腰を下ろすと腰の骨に響いてしまう。製作費を、こういうところでも削ったのである。また、沈み込みがない分だけシート位置が高くなり、足の短い人には難儀になった。ぼくも、座って膝の上にザックを乗せると、しだいにザックがずり落ちそうになってしまう。このシートは、多少改善されながらも、山手線、中央・総武各駅停車、横須賀線、東海道線、東北線、高崎線、常磐線などの多くの電車に引き継がれているので困る。
 しかし、さすがにJRも苦情に耳を傾けたらしく、2006年から中央線快速に投入されたE233系では、座席のクッションが復活して柔らかくなり、居住性は大幅に改善された。JRでは今後このE233系が増備されて行くので、209系以来のひどさは底を打ったと言えよう。ひとまずは安心、である。

 私鉄にも影響が
 JR東日本の209系の影響は、私鉄にも及んでいる。209系とほぼ同一の車内設計の車両が小田急、東急にも登場し、次第にその勢力を拡大している。東急の一番新しい5000系グループも車内が「209系」なので、ショックを受けた。この5000系グループは、外観だけはそれなりに洗練されているのだが、小田急の3000形は209系よりも無機質なマスクで、それまでの小田急のイメージを完全に壊してしまった。
 そんな中で、京浜急行だけは独自路線を守ってきた。何しろ、ステンレスの地色むき出しが主流の東日本の鉄道の中で、ずっと車体全面に塗装を施してきたのである。シートが柔らかいだけでなく、クロスシートを装備した車両がたくさんあり、乗って楽しい、数少ない鉄道会社なのである。 ところがついに京急も路線変更をしてしまった。一番新しい1000形の増備車が、側面がステンレス無塗装の車体にすべてロングシートの座席で登場したのである。
  
             京浜急行快特用の2100系は転換クロスシート。
 通勤電車は、車両性能やコスト面では格段の進化を遂げてきた。だが、座席については、「退化」してしまったのではないか。
 転換クロスシートの「新快速」に乗っている関西の人たちから見ればまるで別世界のような、東京近郊の通勤電車事情なのである。

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