2006年12月のダイヤ改正から、JR東日本の中央線快速電車に「E233系」という新車が登場した。30年近く走り続けてきたオレンジ色の201系電車は、2008年にはすべて引退することになる。
中央線に、201系に代わる新型の快速電車用の車両が投入されると聞いたとき、ぼくは顔をしかめてしまった。京浜東北線の209系以来、JRの新型通勤電車には不満がいっぱいあり、それがぼくの地元の中央線にも及んでくるのは我慢できないと思ったからである。
E233系は、ぼくの不安を解消してくれるほどの、なかなかよく改良された車両なので一安心しているのだが、ここに来るまでの道のりは長かった。

しだいに数を増してきたE233系。 2007.11.11 御茶ノ水―水道橋
最悪の通勤電車 209系
209系電車は、1993年に、それまでの103系に代わって京浜東北線に登場した。しかしこの車両は、それ以前の201系や205系とは雰囲気が大きく変わっていたのだ。
外見はいかにも安っぽい造りで、窓ガラスにスモークをかけて、それまでどの電車にもあった日よけのブラインドをなくしてしまった。座席はスプリングのない、ホームのベンチに布をかぶせたような硬さで、しかも床からの高さが少し高くてすわり心地がとても悪い。一人分の尻のサイズに合わせて凹んだ「バケットシート」なので、空いているときでもゆったり座ることができない。さらに、座席の横には、下から上までステンレスの「握り棒」があり、強制的に客の座り方を指定している。窓ガラスは固定されていて開けることができず(連結面の窓だけ開閉可能)、火災事故でも起きたら大惨事になりかねない。1951年に京浜東北線で起きた「桜木町事故」(死者106名)の教訓(窓が少ししか開かない車両だった)を忘れて同じ京浜東北線にこのような車両を入れるなんて、どうかしているのではないかと、ぼくは思ったのである。

最悪の通勤電車 209系。
この車両を開発したJRの言い分としては、できるだけコストダウンをはかり、耐用年数は10年でよく、座席は混雑時に座席定員分きちんと座ってもらうため、座席横の握り棒は、座席の仕切りとしてだけでなく、立っている客の支えにもなる、というようなものだった。車両性能としては確かに画期的なのだが、それにしてもあんまりな車両なのである。
側面の窓については、1995年に横浜駅付近で車内に「異臭事件」が起こり、窓の開かないことが問題になった。また、2005年には、立ち往生した電車内で、気分が悪くなる乗客が続出し、JR東日本では、ようやく窓の改造に着手した。
(JRでは、中央線に配置が始まったE233系を今年の秋から京浜東北線にも投入し、209系を淘汰することになっている。)
この209系に対しては乗客からの不満も多かったので、すぐに改良型が出ると思っていたのだが、いつの間にかあちこちの路線に投入され、さらに、同じ設計思想で1994年に横須賀線・総武線快速用のE217系が、総武線各駅停車にはE231系が2000年に登場した。これらは車体の幅が少し広くなったものの、居住性は変わらず、ぼくはここしばらく、新型車両にはため息ばかりが出ていたのである。
201系は中央線の顔

外濠に沿って走る201系特別快速。 2007.3.31 飯田橋―市ヶ谷
これまで走り続けてきた201系は、1979年に試作車が完成、1981年から本格的に中央線に投入された。正面の窓周りが黒い「パンダマスク」が目を引いたが、機能的にも、それまでの標準型通勤電車103系よりも大きく進歩していた。
モーターの回路を、それまでの抵抗器による制御から「サイリスタ・チョッパ」という方式にして、電気消費量を押さえるなど、「省エネ電車」というネーミングでマスコミの話題にもなった。
201系は、中央線快速電車を皮切りに、中央・総武線各駅停車や大阪地区の国電区間にも投入され、国電の新しい時代の使者となったのである。
しかし、中央線以外の路線では、201系ですべての車両が統一されることはなかった。(青梅線・五日市線は中央線からの直通も多く、2002年に201系に統一された。)他の路線から総武線や京浜東北線、京葉線などにも配置されたものの、1985年に登場した205系が、その後の増備の主役となったからである。
205系からはステンレス車に

横浜線の205系。これが基本スタイルで、その後、少しずつ顔が違うタイプが各線区に配属された。 2007.7.29 新横浜
205系は、鋼製車体の201系に対して、軽量ステンレスの車体を持ち、制御システムにも新技術を導入した、経済性重視の電車である。ステンレスだから車体が軽く、走行音も201系よりうるさくない。しかし、見た目で大きく変わったのは、何と言っても、ステンレス車体に塗装をせずに地色のままにして、窓の下に路線のイメージカラー(それまでの車両の塗色)のビニール帯を貼り付けたことだろう。私鉄ではこれ以前からステンレスの無塗装車が走っていたが、国鉄では、地下鉄直通車両を除いて鋼製車体に全面塗装が一般的だった。しかし、205系以降、通勤型、近郊型電車は、ステンレス地色に帯を巻いたスタイルとなってしまった。
全面塗装の車両を子どものときから見てきたぼくは、どうもステンレス車の地色にはなじめない。塗装に経費がかかるということは理解できるのだが、何とかならないものかと思っている。
一生を中央線で過ごしてきた

高架化直前の武蔵小金井駅下りホーム。 2007.6.16
201系が登場してから、もう30年近くの月日が経っている。中央・総武線各駅停車や山手線には、ワイドボディのE231系が走っている。横浜線には205系、東海道線や東北・高崎線もE231系の近郊型バージョンが主力だ。八高線にだって、205系や209系が走っている。いつのまにか、鋼製車体に全面塗装の通勤電車は、東京では京葉線(一部)と、中央線を走る201系だけになってしまった。そこへ、E233系の登場である。
30年近くたっても、201系は今なお元気に見える。しかし、車齢がかさむにつれて故障が多くなったと現場では言われている。そして、中央線を退いた201系の第二の活躍場所は、ない。
ステンレスの205系は仙石線(宮城県)でも活躍を続けているが、すでに鋼製車体の電車は引き取り手がなくなっている。だから、中央線の201系は、誕生以来ずっと中央線で働き続けて、そのまま一生を終わる車両がほとんどなのだ。時代の流れは残酷なものだと思う。
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