大阪 電車乗りある記
 2007年1月20日(土)、21日(日)に、関西に出かけてきた。
 20日は2年ぶりに大阪付近の鉄道を「視察」、21日は滋賀県草津市での「外来魚情報交換会」(ブラックバス、ブルーギル駆除の研究報告会)に参加した。

 尼崎、そして事故現場へ
 20日(土)、八王子5時53分発の横浜線で新横浜へ。新横浜6時39分着。新幹線は「ひかり361号」。
 「のぞみ」ではなく「ひかり」なのは、JR東海の「ひかり早得きっぷ」を買っているため。この「ひかり早得」(1週間以上前に「ひかり」の指定席を買うのが条件)は、「のぞみ」指定席より1割ちょっと安い。所要時間は「のぞみ」指定席よりも30分近くよけいにかかるのだが、往復で3,000円以上の得になる。
 新大阪で30年来の知人であるMさんの出迎えを受ける。まず、尼崎の、普通と快速、東海道線と福知山線電車の同時到着・発車による接続の様子を見に行った。そう、Mさんも「鉄」で、この日はぼくの案内役になってもらったのである。
 2005年4月25日に起こった脱線事故は、100人以上の死者と、500人以上の負傷者を出したのだが、その現場は尼崎駅から福知山線に入って間もなくのところだ。事故の間接的な要因の一つとして、尼崎駅における同時到着による相互乗り換え(利用者にとっては便利なのだが)可能な接続ダイヤが挙げられている。ぼくたちが東海道線下り快速で尼崎に着くと、ホームの向かい側に207系が滑り込んできた。地下鉄のようなJR東西線から来た福知山線の新三田行きだ。なるほど、これは乗換えが便利である。
    
 時刻表を見てびっくり。下は東海道線上りの平日ダイヤ。同時発車が多いのは、普通と快速が同じホームで接続するためだ。そして電車はこれだけではない。その下の写真の時刻表は東西線で、これも同じホームから発車する。まったく魔法のようなダイヤである。

  東海道線上り(大阪・京都方面)


 東西線・片町線方面
  
 尼崎に到着する223系下り快速(内線を走行)。右には東西線からの207系が同時進入。左上の出発信号機は、5番線からの東西線方向に開いている。

 東京の中央線も快速線と緩行線を合わせれば、上の写真のような本数になるだろうが、ここでは方向別複々線、さらに地下鉄を合わせて、しかも島式ホーム一つで接続をとっているのだから驚きだ。
 福知山線の快速に乗り、伊丹まで往復した。下り電車は右カーブで東海道線をオーバークロスすると、下り勾配をゆっくり走る。「この先のカーブが事故現場です」とMさんに言われ、緊張しながら通過。電車が突っ込んだマンションの壁の傷はそのまま残され、駐車場脇には献花台があった。胸が苦しい。
 伊丹から尼崎へ向かう電車は、カーブの手前で減速し、時速50kmほどでカーブを通過した。ずいぶん時間が長く感じられた。

 交通科学館へ
 閉館した東京の交通博物館には子どものころから足しげく通ったが、大阪の交通科学館には行ったことがなかったので、Mさんにリクエストをした。
 尼崎から地下へ入るJR東西線に初めて乗り、京橋で環状線外回りに乗り換える。やってきたのは奈良から天王寺へ来てそのまま環状線外回りを1周する「大和路快速」221系。こういう出会いって、得した気分。
 天王寺で乗り換えて、弁天町の交通科学館へ。いや、正確には「交通科学博物館」。ぼくはこれまで行ったことがなかった。東京の交通博物館(去年閉館)の展示車両はずっと古いものしかなかった(C57135が来る前)ので、子どものころはうらやましがっていたのだが、大人になったら本物のほうがよくなって、結局出かけていなかったのだ。「こだま」の先頭部分や、屋外展示のC62、そしてナメクジのD51−2号機、クハ86(初期型)、キハ81など、懐かしい車両を見て満足した。


 大阪の201系はこんな窓に改造されています。
環状線天王寺にて。

 新今宮で待っていたら、関空快速223系がやってきました。ファン的にはとても楽しいのですが。

   C62は、やっぱり大きい。

 でも、ぼくにはこっちのナメクジのほうが懐かしかったのです。

 キハ81のJNRマーク。
    
 クハ86の初期型。ぼくは山陽本線であったことがあります。

 近鉄で京都へ
  
       今里を通過する奈良行き急行。左に立っているのがMさんです。
 交通科学館からは、JR難波に出て、地下道を近鉄難波へ。ここは近鉄奈良線の始発駅。名古屋や伊勢志摩へ行く大阪線は上本町が始発なので、上本町でターミナルの風景を見て、各駅停車で鶴橋の一つ先、今里へ。ここで方向別複々線の写真を撮った。そして奈良線に乗る。生駒の山に登る坂道からは、大阪平野がびっくりするほど広がっていた。これって、隠れた鉄道名所(地元の人には隠れていないけど)では……。

 懐かしい色の近鉄特急。上本町にて。

 新しい一般車は一番左のような色。

 アーバンライナーが鶴橋に到着。名古屋と大阪をノンストップ、2時間で結びます。「名古屋までは2時間がちょうどいい」と近鉄ではCMしているとか。もちろん新幹線よりずっと安い。

         近鉄鶴橋駅のホーム。

 今里の複々線を走る上本町行きの大阪線各駅停車。

 生駒の山が目の前に迫ります。電車はここから左にカーブして勾配を上ります。

 湖西線でマキノまで
   
 湖西線は北陸への幹線ルート。敦賀行き新快速は特急「サンダーバード」ともすれ違う。

 西大寺で近鉄京都線の急行に乗り換えて、京都駅に着き、ここでやっと遅い昼食。Mさんのさそいで山陰ホーム近くの讃岐うどん屋へ。そして、湖西線経由敦賀行きの新快速で、Mさんの(正確にはMさんの奥さんの)別荘へ。湖西というより湖北のマキノに、数年前に建てたというその家は、「別荘」というより、2軒目の家。びっくりしました。温泉でのんびりして、家のこたつで鴨鍋をいただきました。ごちそうさまでした。
 翌朝、山科まで戻って、東海道本線の南草津へ。たっぷりの鉄道三昧のあとは、日本の淡水魚を守るために、しっかり勉強をしたのでした。

 翌朝のマキノ駅で。これ、新型ですよね。

 分岐駅山科から湖西線に入る各駅停車。まだ湖西線各停に113系が健在でした。

      223系の運転席の後ろで。

 本命はこれだったのです。南草津駅前で開かれた、「第2回外来魚情報交換会」。

 西日本の運転士は、たいへんですね

 そんなわけで、JR西日本の電車にたくさん乗った(もちろん「電車でGo!」の場所で)のだが、そこでの印象。先入観もあったかもしれないが、運転士にゆとりや笑顔が(交代のときも含めて)ない。若い運転士が多く、指差称呼のポーズは徹底しているのだが、どうも、しぐさにゆとりや活気がなく、せっかくあこがれて入った職場だろうに、これでは仕事がつまらないだろうな、と思えてしまった。
 JR東日本にも若い運転士は多いが、右手を突っ張るように伸ばして指差称呼する人はあまり見ない。いや、肘が伸びていても、関節をこわばらせてまでポーズをとることはまずない。規定では肘を伸ばすことになっているのかもしれないが、大事なのは「指先で表示を指して確認すること」だと思う。肘の伸ばし方で査定されてはたまらない。
 乗客を安心させるのは、運転技術や指差称呼だけではない。落ち着いた運転態度から感じられる運転士の心のゆとり、そして、時に見せる笑顔だと思う。そんなことを考えさせられた関西の旅だった。

                 大阪環状線弁天町に進入する「大和路快速」221系。

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