真冬のヒロコ

      
 暗かった。真っ暗だった。何も見えなかった。真っ黒な世界だった。目が開いても、ヒロコには何も見えなかった。
 
 何も見えなくても、母さんのおっぱいは探り当てて、小さな口で一生懸命、乳を飲んだ。そして、ぐっすり眠った。木立の間をすり抜ける風の音が、眠っているヒロコの耳にも聞こえてきた。
 吹雪が止んで、雲の切れ間から青空が見えてきた。少し明るくなった家の中で、ヒロコはモゾモゾと動き始めた。母さんの舌がヒロコの顔を舐めて、じっとしているようにと鼻先でヒロコを穴の奥に押し戻した。丸くなった母さんの体に包まれて、またヒロコは眠りについた。そして母さんも、静かに寝息を立てていた。

 くまのたいら村の冬は長い。12月から翌年の4月初めまでの4ヶ月、村は冬ごもりに入っている。村役場も、当直室で居眠りをしている職員をのぞいて、みんな自分の家の落葉のベッドで寝ている毎日だ。たまに起き出して保存食のどんぐりをかじるクマもいるが、多くのクマは、春までほとんど何も食べずに過ごす。もともと冬は食料が手に入らないのだから、これは実にエコな生活である。
 雪の少ない地方のクマの村だと、冬ごもりの期間はもう少し短い。だが、どのみち食料が手に入らなければ、寝るが勝ちなのである。クマの体はとても便利にできていて、冬篭りをしている間は新陳代謝があまりなく、エネルギー消費もとても少なくてすむ。水もいらなければ、トイレに行く必要もない。
 その冬の真っ只中に、小さな小さなクマの赤ちゃんが生まれる。母グマは生まれた子グマに乳を飲ませながら、やっぱりウトウト居眠りをしている。ベッドの中で、小さい赤ちゃんは少しずつ大きくなり、春の初めにはもう歩けるようになっている。小さく生んで大きく育てる、理想の子育てなのである。

 クマの家は、雪に強い。強くなければ雪の重さでつぶされてしまう。人間の家の柱はスギの木を使うが、クマの家の柱はナラやブナなどの広葉樹を使っている。
 クマの村には大工さんが多い。山の木を切り、材木にして、家を建てたり家具を作ったり、谷に橋を架けたりもする、何でも屋さんだ。蔓を編んでかごを作ったり、草の繊維で服を作ったりするクマも多い。手に職がなければ山で生きていくのはむずかしい。
 ヒロコのお父さんも大工なのだが、去年から福島県のクマの村で役場の建設工事をしていて、この冬は向こうの村で冬ごもりだ。
 ヒロコのお母さんは、板を薄く剥いで食器に加工する仕事をしている。食器にするのはスギの板だ。スギを湯に漬けてゆっくり曲げ、形を作っていく仕事は、ヒロコの家に代々受け継がれている。ヒロコの家の倉庫には、乾燥させているスギの板がたくさん並んでいるのだ。でも、今は冬なので、仕事はしない。生まれたばかりのヒロコといっしょに、春が来るのを待っている。

 少し気温が上がり、湿った雪がまばらに舞っている。これから何度か山にも雨が降り、また吹雪になり、そして、くまのたいら村にも春が近づいてくる。

        

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